私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

「ここにある竜王書第三巻の写本には、封魔書とは異なる事が書かれている。それは、大体が三条に伝わってきた歴史と同じ事だ。これら二つの著者は、レテラと言って、紅説の五人の仲間の一人だ。だが、レテラは紅説らを裏切る内容である封魔書を書いた。おそらくは、そうする事で各国に命乞いをし、生き延びたのだろうよ。紅説を除いて集まった各国の五人の中で、レテラだけが、処刑されずに生き延びたのだ。おそらくは、贖罪のつもりで本当の事を残そうとしたのだろうが、私からすれば、笑わせる話だよ」

 嘲笑気味に笑んで、間空は二つの巻物を苦々しい顔つきで見つめた。
 ゆりは何とも言えず、戸惑ったが、間空はすぐに顔を上げて明るく言った。

「さて。無事の確認も取れたことだ。帰ろうか」
「え?」
「おそらく、先程の彼女の狙いはこの巻物だろう」
「どうして分かるんですか?」

 ゆりの質問に、間空は僅かに笑んだだけで答えなかった。
 踵を返した間空の背に、小さく引き止めるようにゆりは問いかけた。

「あの、どうして私に色々と話して下さったんですか?」
 間空は振り返り、にこりと笑んだ。
 やわらかく笑んだ表情が風間にそっくりだった。

「まあ、私も甘いと言うことだ」
「?」
「奴の結論によっては、君には酷な要求をする事になるだろうがな」

 ぽつりと漏らした間空の言葉を、ゆりは上手く処理出来なかった。怪訝に眉をひそませる。ゆりが聞き返す前に、間空は悪戯っぽく、にっと笑った。

「頭首の未来の彼女には、三条の歴史を知る権利があるだろう」
「え!?」
 驚くゆりを尻目に間空は踵を返しながら声を上げて快活に笑った。

「私達、ただの友達です!」
 叫んだゆりを振り返らずに間空は軽く手を振る。

「男女はどこでどうなるか分からんぞ」
「いいえ! 絶対にありません!」
 ゆりはムキになって否定した。
「そうか。それは残念だ」

 間空は振り返り、僅かに寂しそうに笑った。再び踵を返した間空の背を見つめながら、ゆりは罪悪感からだけではない切なさを感じていた。

「結と約束したんだから」
 戒めるように呟いた声は、天照石の光に消える。


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