何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】


「オイ。まさか…。」

彼に向けられた人々の視線が、天音にも冷たく突き刺さり、彼が町の人々によく思われてないのは一目瞭然だった。
流石の天音も、徐々にわかり始めていた。

「女の子が捕まってる。」

いつの間にか、周りがざわつき、大勢の人が集まってきて、男と天音が囲まれるという、奇妙な光景が出来上がっていた。
どうやら、町の人々には、天音がこの男に捕まっているように見えているようで、無理に近づこうとはしない。

「え…、あの…、ちが…。」

天音は弁解をしようとしたが、今まで感じた事のない周りからの冷たい視線に、うろたえるばかり。
でも、天音にはわかっていた。ここまでの道でも、彼は決して自分に危害を加える事はなかった。
これは、誤解なんだと…。

「離せー!悪者ー!」

その時、一人の幼い男の子が、月斗の前に飛び出してきた。

「まー君!」

母親が必死に、その子供の名を叫ぶ。
しかし男の子は、天音のすぐ目の前で、石につまずいて転んでしまった。

「うわーん!」
「泣くなら、最初っから来んな。」

彼のすぐ足下で泣き叫ぶ男の子に向かって、男はそう冷たく言い放った。

「ちょっと!大丈夫僕?」

天音は、そんなに力が入っていなかった月斗の手を簡単にふりほどき、男の子の方へと心配そうに駆け寄った。

「フン。」

その様子を見た彼は、どうでもよさそうに鼻をならし、何事もなかったように、また来た道を帰ろうとした。
周りにいる人々は、天音が解放された事に安堵の表現を見せたが、彼への冷たい視線が弱まる事はない。

「待って!」

天音は、勝手に去っていこうとする彼の背中へと、声を投げかける。
そして、その呼びかけに彼は足を止めた。

「お姉ちゃん、話しかけちゃダメだよ!そいつは悪者なんだよ。」

さっきまで泣いていたはずの男の子が、天音の手をひっぱった。

「悪者??」

天音は、その男の子の言葉に、眉間にシワをよせた。
なぜなら、その言葉に天音はひどく違和感を感じたから。
だって、そんな言葉は、彼には似つかわしくはない。

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