私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
* * *
そして、六日目の朝、王都・附都から迎えがやってきた。
知らせを聞いて、私達は応接間に向った。
応接間には、皮のソファが置いてあって、そこに二人の人物が座っていた。
一人は、かっちりとした和装の男性で、二十代後半から三十代中頃といった年齢で、真面目そうな印象だった。髪型は軽くウェーブのかかった紺色の髪で、オールバック。眼鏡をかけていた。
この世界にも眼鏡はあるんだぁと感動していたら、男性に睨まれてしまった。
もう一人は、ウェーブのかかった長い髪の男性で、クリーム色の髪に、赤茶色のメッシュが入っていた。
中世的な顔立ちの男性で、彼は私と目が合うと、にこりと笑んでくれた。
「よう。迎えご苦労」
アニキが手を挙げながら二人に言うと、眼鏡の人が不快そうな顔をした。
「ご苦労じゃないですよ。何故こんな端も端の村に居られるのですか」
ちょっと早口に言って、何故か私をキッと睨む。
(な、何なんだろう……私、今度はじろじろ見てないのに)
「あの、この人達は?」
「ん? ああ、こいつらは――」
アニキは向って右、眼鏡の人から順に紹介してくれた。
「亮(りょう)と、鉄次(てつじ)だ」
「どうも」
「もう、鉄次って呼ばないでって言ってるでしょ! あたしの事は、てんちゃんって呼んでってば!」
髪の長い人――鉄次さんは、ぷんすか怒りながら、「もう!」と頬にグーにした拳を当てた。
(もしかして、もしかしなくても、鉄次さんって、おねえ?)
「よろしくね!」
呆然とする私に、鉄次さんはウィンクしてみせた。
うん、おねえだな。確実におねえだな……おねえって初めて見たけど、鉄次さんは美形だし、良い人そうだなぁ。
暢気に思っていると、突如険のある声が飛んだ。
「おい鉄次、お前は喋るな」
「ひっど~い! 亮ちゃんったら、いっつもむっつりしちゃってぇ!」
「うぜえ」
「まあ、こんな感じの奴らだが、俺の仲間だ。ちなみに二人は兄弟だぞ」
「え!?」
「鉄次が兄――いや、姉で、亮が弟だ」
「ふんっ、こんなのが兄だなんて嘆かわしい」
「兄じゃないわよ。姉でしょー!」
眼の前でわいわいと盛り上がられると、なんだかちょっと寂しくなる。
翼さんがいれば、まだ違ったのかな。
一抹の疎外感が過ぎった。
「話を本題に戻しますよ!」
咳払いをして、言い合いに終止符を打ったのは、亮さんだ。
亮さんは、眼鏡をくいっと上げながら、私を睨むように一瞥した。そして、視線をアニキに移す。
「何でこんな所に居るんです? 例の話はどうなりました? 月鵬はどうしたんです?」
「なんでここに居るかってーと。よく分かんねぇんだが、俺達は気づいたら倭和から、爛の規凱にいたんだよ」
「そこを詳しく聞きたいと言っているんですが。自分達は状況を知らないもので」
亮さんは早口で言って、イラついたように腕を組む。眼鏡の中心を押し込んだ。
(この人、短気だなぁ)
「倭和に居た時に、襲撃されたんだ。おそらくあれはニジョウだろう」
「ニジョウ。やっぱり動いてきたのねぇ」
「すみません。ニジョウって?」
私がおずおずと質問すると、三人は一斉に私を振り返った。なんとなく居た堪れなくて、ちょっと、苦笑が漏れてしまう。
アニキはにこりと笑んだ。
笑顔を向けられて、私は少しだけほっとする。
「ニジョウってのはな、襲撃してきた奴らのことだ」
「あの民族衣装の?」
「ああ。ニジョウは倭和の奥地に住んでる部族でな。独自の価値観を持っていて、領地に足を踏み入れた者は誰であろうと始末するっつー危険思想の部族らしい。ほら、前に嬢ちゃんに言った事あったろ? 倭和国の部族について」
「あっ! 政府のいうことをきかない問題児の?」
アニキは黙って頷く。
「ただ、領地に入らない限りは無害らしいが、今回の事で、やつらの思想が判明したわけだ」
「え?」
「――というと?」
私が小さく驚くのと同時に、亮さんが割って入った。
「奴等の目的は、魔王を殺す事にあるらしい」
ドキッと胸が高鳴る。
たしかに、民族衣装の彼はそう告げていた。でも〝そうだ〟とアニキの口から告げられると、また一層真実味が増す気がした。
(また、命を狙われるのかな?)
不安がとぐろを巻いて絡み付いてくる。
暖かい感触が私の頭部を包んだ。見上げると、アニキが私の頭に手を置いている。私と目が合うと、アニキは柔らかく笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、心が急に軽くなった。
(ああ。私は、何度この人に救われたんだろう……)
アニキは私を騙していたけど、でもアニキが私を見る目はいつも優しくて、大丈夫だと語ってくれる。
私に居場所をくれる。そんな気になる。
「ということは、成功したって事なのね?」
「ああ」
「ですが、魔王とはエネルギーの塊と謂われているものでしょう。どうやって殺すって言うんです? そもそも器は死体なんですよね?」
亮さんは若干責めるように言って、眼鏡を上げた。そしてやっぱり、早口だ。この人は早口になるのが癖みたいだ。
もしかしたら、せっかちなのかも。
「それがな……」
アニキは言い辛そうして、私を見た。
私は、大丈夫と頷いてみせた。
不安はまだあるけど、アニキがいてくれることで、なんだか安心できた。アニキは、小さく頷いた。どこか申し訳なさそうでもある。
「魔王は、こいつだ」
「え?」
「は?」
アニキが私に手を向けて、魔王は私だと示したけど、鉄次さんは唖然として、亮さんは拒絶の色をあらわにした。
到底信じられない。冗談だろ? と、顔が語っている。案外素直な人だ。
「冗談も大概にして下さいよ。将軍」
「冗談じゃないって」
「また、どうせこの村でひっかけた女なんでしょ。離婚が成立したばっかだからって、遠慮しなくて良いですから」
「違うって!」
「そうよぉ。けんちゃんの女癖の悪さは、み~んなが知ってることじゃないのぉ! 今更そんな嘘良いわよ!」
「だから違うって!」
――え? 離婚って……?
「ちょ、ちょっと、待って下さい。離婚って……アニキって結婚してたんですか!?」
「そうよぉ。六人の奥さん全員に、いっぺんに愛想尽かされちゃったのよねぇ?」
「……まぁな」
「ろく……六人もいたんですか!?」
「あらやだ。ここをどこだと思ってるの? 一夫多妻、一妻多夫が認められてる国よ。ちなみに同性愛者にもすっごく寛容なの。良かったわ。あたし、永や千葉に生まれなくてぇ!」
「あそこは同性愛者には厳しいからな」
「そうよぉ。ま、私の話はともかく。それで財産殆どなくしちゃったのよねぇ、将軍は。あははっホント可愛そう!」
「面白がってるだろ。まあ、別に職がありゃ、また稼げるしな。金は良いよ」
「あらやだ、かっこい~ん!」
「あはは」と、私は引きつりながら笑うことしか出来なかった。
うまく事情を呑み込めない。
アニキが結婚してただけでも驚きなのに、それも六人もいて、財産もなくすほど離婚にお金かかって……。
アニキってもしかして、女たらしなのかなぁ……? もしかして、私、騙されてる?
「失礼ですが」
突然険のある声が飛んできた。亮さんだ。
また私を睨んでる。
(私この人になんかした?)
「さっきそこの女が、アニキと将軍を呼んでおりましたが、花野井様と別にご兄妹が?」
「……いや」
「では、ご親族ですか?」
「いや」
花野井様と別? なんだか言い方が変な気がする。
まるで、もう一人、花野井がいるみたい。
(あっ。そっか。妹がいるって、村の兵士さんが言ってたっけ)
じゃあ、その人とは別に妹がいるのかって意味か。なんだかややこしいなぁ。
「では、他人という事になりますね? おい、お前!」
「え?」
亮さんは突然声を荒げて、私を指差した。
「将軍をアニキなどと呼ぶとは! アニキと呼んで良いのはあの方のみだ!」
「えっ!? あの――」
なんで怒られているのか意味が分からない。
「良いんだ」
「は?」
「俺が許可した」
「しかし――」
「俺が、許可した」
納得がいかない様子の亮さんに、アニキが噛み砕くように強く言うと、亮さんはぐっと黙り込んだ。
(なんだかよく分からないけど、アニキって呼ぶのって失礼なのかな? それで怒られたのかも……やっぱ、花野井さんとかのが良いのかな。考えてみれば、アニキって将軍なんだし)
反省していると、頭に優しい重みを感じた。
仰ぎ見ると、アニキの手が乗っていた。アニキは、優しく笑んでくれる。そしてそのまま、わしゃわしゃと私の頭を撫でた。
(なんか、大丈夫みたい)
私の胸が安心感に満たされると同時に、
「じゃあ結局、その女はなんなんですか?」
むすっとした表情で、亮さんが投げるように言った。その途端、スパン! と響きの良い音を立てて、鉄次さんが亮さんの頭を叩いた。
「もう! いい加減にしなさい! さっきから失礼な態度をとるんじゃないの! 本当にこの子はぁ!」
「うるせえなぁ。カマは黙ってろよ!」
「お姉さまでしょ!」
「だから、魔王だって」
ぎゃいぎゃいと言い合いになりそうだったので、アニキが割って入ったけど、次の瞬間二人に、
「だからそれは良いって!」
と、一蹴されていた。
しばらく信じてくれそうにないな、こりゃ。