私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
第六章・お茶会
 王都・附都へ到着してから、一ヶ月が経った。
 私はアニキの屋敷でお世話になっている。

 アニキのお屋敷は、国境付近の村の村長さん家と同じ造りで、石壁に瓦屋根のお家だった。
なので、やはり内装は中国風だ。

 壁に埋め込まれたようなベッドは、穴倉の中に入ったようで案外落ち着く。靴は脱がない代わりに、広い玄関で内用靴に履き替える。

 スリッパのようなものだけど、履物事態は草履に近い物で、冬になると冬用の靴が用意されるらしい。なんでも、ドラゴンの皮で出来た物らしい。

 さすがに一ヶ月も経つと、見慣れない家にも慣れるもので、結構快適に過ごさせてもらっていた。だけど、外には一人で出ちゃダメだと言われていて、中々城の敷地からは出られなかった。

 岐附は治安回復が遅れているらしく、なんでも、王都においても人攫いが出るとか。
 王の病気や、王子同士の政権争いで、他の国よりも復興作業が遅れているらしい。人攫いや強盗が出ると聞かされれば、怖いのでもちろん一人で出歩いたりはしない。
 城下町に下りるさいには、アニキや鉄次さんが一緒に降りてくれた。

 ただし、アニキは忙しいので、あまり一緒には出かけられなかった。
 鉄次さんは、岐附での暮らしに慣れないんじゃないかと、私を気遣って、度々訪問してくれていたので、その時に一緒に買い物に出かけてもらった。

 買い物といっても、何を買うわけでもないんだけどね。
 アニキが何か買ってきて良いと、お小遣いをくれようとするんだけど、私はそれを丁重に断っている。

 日用品と、服だけは買ってもらったけど、それ以上の物をねだる気にはなれない。だって、アニキだって離婚騒動で、財産なくなったって聞いたばかりだし。
なるべく自分で稼ぎたいと思っているけど、王都でも今は就職難なのだそうだ。

 だから、城下町には気晴らしで出かける。
 鉄次さんとの買い物は、女子同士のそれと同じで、見ているだけでも楽しいものだった。

 でも、亮さんとはこの一ヶ月一度も会っていない。
(本当、ラッキー! むしろ会いたくないもん)
 だけど、なんであんなに怒っていたのか、気になるっちゃ気になるんだけど。

「谷中様。お茶はいかがですか?」

 部屋の中で巻物に日記をつけていたら、ドアの外から声が聞こえた。
(この声は――)
 私がドアを開けると、キレイな金糸の髪が、ドアを引く空気につられてふわりと揺れた。

「月鵬さん。お茶飲みます! 今行きますね」

 私は踵を返して、室内の椅子にかけておいた上着を手に取った。
 月鵬さんは、昨日帰ってきたばかりだ。
 どうやら、美章で目覚めたらしく、一か八か、クロちゃんが美章の王都、凛章にいることに賭けてクロちゃんを訊ねたらしい。

 国境を越えるのには、入国証か、偉い人の署名がいるらしく、月鵬さんは、それをクロちゃんに頼んだらしい。

 一度は偽造の判子でやり過ごされそうになったけど、翼さんが帰ってきて、アニキにお世話になったことを告げると、クロちゃんは正式な判子を押してくれたらしい。
 クロちゃんって、案外律儀なんだよね。
 
 翼さんも無事に美章に帰れてよかった。それに、クロちゃんの無事も確認できて、ほっとしている自分もいる。
 だけど、ちょっと気になることもある。
 その話をしてくれた後、月鵬さんとアニキは二人だけで個室に移動して、なにやら話しこんでいたみたいなんだよね。

 何を話してたのか気になったけど、部屋から出てきたとき、二人が真剣な顔をしていたから訊けなかったんだ。
 私は昨日の二人の表情を思い浮かべながら、部屋を出た。
 部屋の前で待っていてくれた月鵬さんは、にこりと笑んだ。

「今日は天気がいいので、外でお茶にいたしませんか?」
「はい。ぜひ!」

 この家には中庭があって、木製で出来たおしゃれなテーブルと椅子が置いてある。
 アニキにしては洒落た趣味だと思ったけど、鉄次さんの話によると、どうやら元奥さんの六人のうちの一人が買った物らしい。

 最初はなんだか複雑な気がしたけど、その物自体が素敵であることに変わりはない。今ではお気に入りの場所だったりする。

 中庭に出て、椅子に座るとすぐに女性がやってきた。彼女は、鈴音(すずね)さんと言って、この家でメイドをしている。
 軍で地位を持つと、メイドや執事を雇うのが一般的らしい。

 遠征などで出かけると、家事をしてくれる人がおらず、帰ってくると家が埃だらけになったりするので、メイドさんに家事をしていてもらうのだそうだ。
 
 アニキの屋敷は大きいので、当然、鈴音さん以外にもメイドが数人いる。でも、鈴音さんが一番若いかな。二十歳そこそこって感じ。
 藍色の髪を纏めていて、一見地味に見えるけど、整った顔立ちをして、清楚な雰囲気がある人だ。
ちなみに男性のお手伝いさんもいる。庭師や、料理人がそうだ。

 奥さんがいたんだから、奥さんはやらないのかと、素朴な疑問を鉄次さんに尋ねたら、地位のある人の奥さんが、そんなことをするはずがないじゃないの! と、呆れられてしまった。
 そういうもんなのかなぁ。セレブのことは、よくわからん。

「お茶の種類は何に致しましょう?」
「そうね、谷中様は何が良いですか?」

 鈴音さんに尋ねられた月鵬さんが、私に尋ね返してきたので、私は、「何でもいいです」と、答えた。だって、お茶の種類なんてわからないもん。
 今までも鉄次さんが適当に決めてくれたのを飲んでいたので、実はお茶の名前すら知らない。

 新しいお茶が出るたびに名前を聞いたけど、すぐに忘れちゃうんだよね。(興味ないことって、すぐ忘れちゃう)
 月鵬さんが適当にお茶の名を告げて、鈴音さんはその場を去った。
 私と月鵬さんは目が合って、お互いふふっと笑い合った。

「谷中様は、カシラ――花野井様と一緒に行動なさって、不自由はありませんでしたか? 爛で目覚めたとお聞きしましたが」
「あ、はい。全然」
「ですが、入国証もないのに国境を越えたとか……まったく、本当に無茶をする人だわ」

 月鵬さんは、心底呆れたように言って、

「谷中様は、国境越えのとき、憲兵に顔を見えられたりはしませんでしたか?」
「私は、お酒飲んでぶっ倒れちゃってたので、どうやって越えたのか、全然知らないんですよ」

 私が苦笑すると、月鵬さんは残念そうにため息をついた。

「そうですか。どうやったのか聞いても、ぶった押したとか、はった押したとか、全然的を得た回答が得られなくて」

(ぶった押した? 翼さんからは見つからずに国境を越えたって聞いたけど……? どういうこと?)

 首を捻ってると、鈴音さんがお茶とお菓子を持ってやってきた。
 月鵬さんが、「ありがとう。後は私がやるわ」と言って、鈴音さんからお膳を受け取ると、テーブルにお茶やお菓子を並べる。

「それで、谷中様はこの一ヶ月何がありました?」
「ああ、えっと。そうだなぁ……」

 私はこの一ヶ月にあったことを話、月鵬さんも旅のことをあれこれと話してくれた。美章や岐附の町のことを聞いてると楽しくて、ぶった押した発言への疑問はどこかへ飛んでしまった。

「そういえば、私、今まで鉄次さんに城下町に一緒に降りてもらったりしてお世話になったんですけど」
「ああ。鉄次は面倒見良いですもんね」
「ですよね。本当に良い人で。でも、てんちゃんて言わないと怒りますよね」
「そうですね。私の場合は鉄次で通させてもらってますけど」

 月鵬さんが苦笑して、お菓子に手を伸ばした。

「そうなんですか?」
「ええ。立場上、示しがつかないので」
「そういえば、気になってたんですけど、鉄次さん達って、どんな立場の人なんですか?アニキは将軍じゃないですか。その部下なのかなとは、思ってるんですけど」

 月鵬さんは目を丸くして、固まった。お菓子を掴んだ手が止まってしまっている。
(どうしたんだろ? そんなに驚く質問したかな?)
 私が首を捻ると同時に、月鵬さんが窺うように尋ねてきた。

「あの……谷中様。アニキとは、その、花野井様のことで?」
「ええ。はい。そうですけど」
「それは、花野井様はご存知ですか?」
「……はい」

(アニキから許可は貰ってるけど、やっぱなんか、まずいのかな?)
 不安になりながら頷くと、月鵬さんが大きく息を吐いた。

「そうですか。それは、さぞかし亮がうるさかったでしょう?」
「え!? 分かりますか!?」
「分かりますよ。亮の事だから、ねちねちと苛めたんじゃありませんか?」
「言われましたよー! なんなんですかね、あの人!」
「それは、まあ、しょうがないと言えば、しょうがないのかなぁ……」

 月鵬さんは独りごちるように言って、含むように苦笑する。私はますますわけが分からなくて、首を深く傾げた。
 月鵬さんは、それ以上は何も言わなかった。
 理由を聞きたい気もしたけど、亮さんに関わるのは面倒くさそうだから、これ以上は良いや。あっ、でも、

「亮さんで思い出したんですけど、アニキってがっつり政治に首突っ込んでる人なんですね。意外でした」
「ん?」

「王様、じゃないや。王様の代わりの王子様に会ったときに、政権争いに参加してるみたいだったし、王様に頼られてるみたいな話を聞いたから、なんか意外だなって。だって、アニキって、そういう話興味なさそうじゃないですか」

「興味はないでしょうね。好きか嫌いかだったら、確実に嫌いでしょ」
「そうなんですか? じゃあ、やっぱり、仕事上のなんかなんですかね?」

「ん~……恩があるのは確かですよ。て言っても、私からすれば、そこまでの恩ってわけじゃないと思っているんですけど」
「恩ですか?」

「ええ。碧王は、山賊から軍に入る時に色々世話してくれたんですよね。大戦中だったこともあったし、まあ、なんて言って良いのか、コネというか、前評判のようなものもあったので、いきなり将軍として迎えられまして」
「え!? いきなりですか!?」

(それはすごい!)
 私が驚くと、月鵬さんはくすっと笑った。

「本当に、色々な要因があってそうなったんですけど」
 言って、不意に表情を硬くした。
「私は、あのままでも良かったんですけどね」

 月鵬さんは、どこか懐かしむような、それでいて険のあるような目つきで、庭先の木々を見つめた。
(あのまま、って、山賊のままでいたかったってこと?)
 私は、浮かんだ疑問を口に出さずに、どことなく気まずい気分でお茶を啜る。話題、変えた方が良いかな。

「あの、月鵬さん」
「はい?」
「私の呼び方なんですけど、谷中様って、止めませんか? なんか、様付けって慣れなくて。敬語もちょっと慣れないかなって、思ってるんですけど」

 遠慮がちに提案すると、月鵬さんは少し驚いたような表情をして、「良いんですか?」と、意外そうに言った。

「良いも何も、月鵬さんの方が年上ですし、一庶民の私なんかに、様をつける理由はないっていうか」
 私が苦笑していると、月鵬さんはなんだか安心したように、「では、遠慮なく」と笑った。
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