私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

 * * *

 部屋に戻ると、廊下ですれ違ったキレイなお姉さんがいた。
 亮さんがいない代わりに、お姉さんが月鵬さん達のグループにいた。

「あれ? 亮さんは?」
「帰ったわよ」

 鉄次さんが呆れ顔で言って、料理を口に運んだ。
 そういえば、亮さんっていつも私に嫌味言ったり、鼻で笑ったりするのに、今日はやけに大人しかったな。

「体調でも悪かったんですか?」
「そんな事ないわよ。亮は、こういうとこ嫌いなのよ。男にしたら珍しいでしょ?」

「へえへ。そうでっしゃなぁ。亮さんはあてがお誘いしても鬱陶しがらはるだけで。あれは、結構哀しいもんがありますなぁ」

 鉄次さんの問いに、お姉さんがやわらかな声で答えた。

「そうよねぇ。女が誘って断られる事ほど、哀しくて惨めな事はないわよ。亮はね、ホント、女心ってもんが分かってないのよね!」

「だけど、亮は一途なのよ。それだけよ」
 月鵬さんが、亮さんを庇うように言って、哀しそうに目を細めた。

「一途ったってね」
 鉄次さんがぼそっと呟くと、お姉さんが若干の空気の悪さを感じ取ったのか、

「つれないと言えば、あて花野井様にも袖にされてしもたんえ」
「え!?」

 鉄次さんと月鵬さんがまじまじと私の顔を見た。自分でも予想外なほど大きな声になっちゃったから。

 私は二人に苦笑を送って、お姉さんを見据える。
 お姉さんはにこりと微笑みながら、

「あの方、床についたとたん、寝てしもてんから」
「マジでぇ? けんちゃんらしくないわね! だけど、まあ、どうりで早いと思ったわ」
「はあ……珍しい」
「やろぉ? 切ないもんがありましたわ」

 お姉さんが、冗談ぽく言って、鉄次さんのお猪口にお酒を注いだ。

「じゃあ、起こしてこようかな」

 軽く言って、月鵬さんが立ち上がった。
 その月鵬さんを、お姉さんがやんわりと制止する。
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