偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~
時刻は十九時。

今日もそつなく仕事を終えると、私は会社を出てその足でとある場所へ向かった。
母の弟で叔父である 山川健斗(やまかわけんと)さんが経営するスパニッシュバル“イルブール”に私は週に三日訪れている。飲食するわけではなくて、私はそこでピアノ演奏のボランティアとして学生時代から手伝いをさせてもらっているのだ。平凡な毎日の中でこれが唯一の楽しみでもある。

母は世界的にも有名なピアニストで、私に同じ道を歩ませようと小さい頃から懸命にレッスンしてくれたけど、残念なことにその才能が開花することはなかった。幼少の頃からどちらかというと細かい作業や計算などが得意だった私は経済学部のある大学へ進み、ピアノは趣味程度に弾くくらい。それをもったいないから、と言って叔父が店で弾くように提案してくれたのがボランティアの始まりだった。私のピアノの腕が腐らずに済んだのは叔父のおかげだ。

「叔父さん、こんばんは」

「あ、愛美ちゃん、お疲れ! 今夜もよろしくな」
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