身ごもり秘夜~俺様御曹司と極甘な政略結婚はじめます~
「他のことは全部諦めもついたけど、閑さんだけはやだ。お姉ちゃん、近づかないで。絶対嫌」
閑はどこにもいかないと琴音は頭ではわかっている。信じていても、染みついた感情がそれを容易には許してくれない。理屈じゃない、感情なのだと気づく。だから、抑えが効かない。
体の中をかあっと熱が込み上げて、目頭が熱くなった。泣いたらだめだと思うのに唇がわなないて、震えてしまう。
「琴音……?」
可乃子が少し我に返ったのか、琴音の表情を見てはっと目を開いた。眉を寄せ、口元を押さえ感情のままに叫んだことを後悔しているようだが、今の琴音にはそれを見て自分も抑えるといった余裕はなかった。
「閑さんにもう近づかないで。私が結婚したことが嫌なんだったら、別れなかったら良かったじゃない。別れたのに、どうして?」
短く息を吸って吐く。さっきまで夢中になってまくし立てたせいだろうか。酷く息苦しい。
「琴音、それは」
「お姉ちゃんと閑さんが付き合ってたっていうことだけでも、私の中ではすごく重い。でも飲み込んだ、我慢した。だって、たとえ、私自身が望まれたんじゃなくても、結婚は、しないと、いけなくて、それに」
それにやっぱり、嬉しかった。閑ちゃんのお嫁さんになれるのならって。
「琴音、あのね」
「お姉ちゃんは綺麗で、自分に自信があって、私がこんなこと思うのなんてわからないかもしれないけど、私っ……」
息苦しさの中で顔を上げ可乃子を見る。すると、てっきりこっちを見ていると思っていた可乃子の視線は、琴音を通り過ぎて背後を見ていた。
「琴音」
可乃子の視線の先、琴音の背後から聞こえたのは、まだ帰って来ないはずの閑の声だった。