身ごもり秘夜~俺様御曹司と極甘な政略結婚はじめます~

「本気で、琴音が傷つかないと思ったのか。少しも気にならなかったのか」

 淡々とした声だからこそ、重く響く。可乃子が理解しないことが情けないのか哀しいのか、少し寂しそうにも聞こえた。琴音の背を撫でる閑の手だけが、今は優しい。

「可乃子は気にしなくても、琴音は違う。誰もが自分と同じ感覚だと思うな。昔もそう言わなかったか」

 閑のその言葉を最後に、可乃子はもう自分の主張をすることを諦めたようだった。ぐっと拳を握ると、徐にソファに置いていた自分のバッグを手に取る。

「……そうね、閑にそう言われて怒られたことがあった」

 可乃子が、小さな声でぼそりと呟く。その言葉から、過去に二人の間で何か仲違いをするようなことがあったのかと推測できる。

 何があったのだろう。二人の顔を交互に見ると、閑が琴音を見て言った。

「心配するようなことじゃない。大学の友人関係のことだ」

 それ以上、可乃子は琴音に知られたくないようだった。立ち上がった可乃子は、もう琴音のことも閑のことも見ていない。琴音には可乃子が、居心地の悪くなったこの空間で虚勢を張って背筋を伸ばしていることが手に取るようにわかった。

「……とにかく、悪かったわね。そういうことだから」

 そのまま背を向けて玄関に向かってしまいそうな可乃子を、閑が引き留めた。

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