身ごもり秘夜~俺様御曹司と極甘な政略結婚はじめます~

「可乃子」
「なに? もう全部話したし、帰っていいでしょう」
「ちゃんと琴音に謝れ。くだらない虚勢ばかり張るからそうなるんだ」
「悪かったって言ったじゃない」
「それは謝罪とは言わない」
「閑さん、私はもう……」

 琴音は、閑の腕を掴んで止めようとした。あの姉が、可乃子が、知られたら恥ずかしい過去の浅はかな嘘を露見させられたのだ。その嘘に連なって、過去に閑に思いを寄せて叶わなかったことも、可乃子からしたら知られたくないことだったに違いない。

 その上さらに、琴音に向かってきっちり謝罪しろなんて、可乃子の気持ちを考えるとそこまで言えない。もう十分だ、と思った。

 けれど、可乃子はぐっと一度言葉に詰まったあと、玄関の方に向きかけていた身体を琴音の方へ向けた。

「お姉ちゃん?」
「琴音、ごめんなさい。昔、あなたに負けたくなくて閑と付き合ってるなんてくだらない嘘を吐いた。まさかまるっきり信じてるとも思わなかったから……」
「うん……まるっきり信じてた……」

 今でも、不思議に思うくらいに一度も疑ったことがなかった。思い出してみれば、たったひとこと可乃子に言われただけなのだ。口止めされていたから、その話題を他の誰かに確かめることもなかったし噂を聞くようなこともない。全部、姉から聞く閑の話を聞き、信じただけ。
 だって、琴音にとって可乃子はたったひとりの姉で、だから欠片も疑わなかった。疎遠になっても、姉のことを信じていたのだ。

「だって、お姉ちゃんが嘘つくなんて思ったことないから」

 ぽつりとそう琴音が呟くと、可乃子が大きく目を見開いた。それから泣きそうに顔を歪めたあと、ぐっと唇を噛みしめる。

「……ごめん、琴音」

 姉の泣き顔を見た。初めてだ、と思ったその時に、姉はひとりで背筋を伸ばしてきただけで、時に弱くて時に浅はかな、私と変わらないのだと気が付いた。

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