身ごもり秘夜~俺様御曹司と極甘な政略結婚はじめます~
 少し、浮かれてるみたい。琴音は思った。
 帰り道あれだけ重かった足が、少しだけ軽い。部屋の中はそれほど散らかってはいないし、安心して彼を通せる。相変わらずろくなものはないけれど、この時間だしコーヒーだけでもいいだろう。

 どきどきしながらリビングルームに彼を通して、コーヒーを淹れにいこうとしたところで、手首を掴んで引き留められた。

「気を使わなくていいから、とにかく楽な格好に着替えておいで」
「えっ、でも。コーヒーくらい先に」
「食事はした?」
「あ、はい。夕方に職場で……カップラーメンを……」

 ろくな食生活をしていないことが露見したようで恥ずかしく、赤くなりながらそう言うと閑の眉間がぴくりと動いた。けれど、追及はしてこない。

「風呂は?」

 ……なぜ、風呂?

「え、沸いてます」

 二十一時に予約設定をしてあるので、もう湯は張られているはずだ。思わず素直に答えたが、閑がどうしてそんなことを聞くのかわからない。

 ――え、お風呂に入りたいってこと? 待たせて寒かったから、とか?

 しかし、いくら昔馴染みの婚約者とはいえ、碌に関係も進んでいない相手の家でいきなり風呂に入りたいなんてことを言い出す人とも思えない。

 頭の中でクエスチョンマークを飛ばしながら首を傾げていると。

「入っておいで」
「えっ……私が?」
「いや、俺が入るのもおかしいだろ?」

 それは確かに、そのとおりなのだが。話をしようと言っていた彼が、自分に風呂を薦めるのもわからない。

「ひどい顔をしてる。いいから早く入って来い」

 グズグズしていると、ぴしゃりと厳しい声でそう言われた。

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