間宮さんのニセ花嫁【完】




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カフェの窓から外を歩く人の波を目で追う。休日のショッピングモールは家族連れとカップルで溢れ、どの人も楽しげな表情を浮かべている。


「良かったの? 追い掛けなくて」


凛とした声が向に座っている女性から聞こえた。彼女はコーヒーカップを片手に伏し目がちで言った。


「あの子、きっとあの後泣いてたわよ」

「……今追い掛けても混乱させるだけですよ」


飛鳥があのような痛々しい笑みを浮かべるのを初めて見た。無理して笑っているのが見て分かる。
しかし俺にはその笑みを止めるように言う資格も、泣かせる資格もなかった。

歳を取っても昔と変わらず可憐な見た目の田村先生は自身の鞄の中からあるものを取り出し、テーブルの上に置いた。


「これ、二週間前かしら。あの子が私の家にきて置いていったの」

「飛鳥がですか?」


重なっていた白い手が退くとそこには紅い簪が置かれていた。彼女は一言「懐かしいね」と言葉を漏らす。


「初めて君から貰ったプレゼントだった。またこうして私の元に帰ってくるとは思ってなかったけれど」

「……」

「捨てられると思ってたのに、少し嬉しかった」


捨てたいと何度も思った。彼女との思い出など、全て無くなってしまえばこんなに悲しむことはないのにと何度も恨んだ。
この人のことを傷付けて、そして街から追い出した。そうしたのはうちの家であり、そして俺の家族だ。

この簪はもう、彼女のものではない。誰のものでもなくなってしまった。


「すみません、俺はあの日から気持ちは変わっていません。貴女とはもう……」

「分かってる。あの日、はっきり言ってくれて嬉しかった。ずっと後悔してたことが果たせて、それだけでよかったの」


正月明け、突然家を訪ねてきた田村先生に驚いたと同時に飛鳥に会わせてはならないと共に家を出た。
十年以上ぶりに会った彼女の口から聞かされたのは教師を辞めたということと、そして今でも俺のことを気に掛けているという話だった。

昔、この人に出会って確かに人生が変わった。家に縛られ、自暴自棄になっていたところを彼女の柔らかい空気に助けられたのだ。
この人がいなかったら正志や紗枝のような友人を無くしていた可能性だって否定できない。

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