間宮さんのニセ花嫁【完】
彼女のことはそれほど……
「ありがとう、さようなら。間宮くん」
感謝の言葉と別れの言葉。その二つを残して彼女は俺の前からいなくなった。
そこされたのはテーブルに置かれた飲み干されたコーヒーカップと誰のものでもなくなった簪だけだった。
家に帰るとお手伝いの女性たちが騒々しく廊下を走り回っていた。珍しいなと眺めていると一人の女性が帰ってきた俺に気付き、青く染めた顔のまま近付いてくる。
「千景様! さっき飛鳥様のお部屋に入ったときにこれが!」
そう言って彼女が俺に見せてきたのは一枚の紙。そこには『実家に帰らせていただきます』という言葉と結婚指輪が置かれていた。
そういえば今日、飛鳥は指輪をしていなかった。
「先程から家中を探しているんですがお姿がなく、本当に帰られてしまったんでしょうか」
「……落ち着いて。取り敢えずこっちで対処するから普段の仕事に戻ってください」
飛鳥を探させるのをやめさせ、髪と指輪を預かると足を彼女の部屋の方向へと向ける。
最初は普通にスピードだったものが気が付けば早足になり、彼女の部屋の前に着くと扉を勢いよく開く。
目の前に広がったのは殺風景な空間だった。彼女の荷物と思われたものは何もなく、まるで最初から誰も住んでいなかったかのようにしんと静まっている。手紙が置かれていたのはきっと奥にあるあの机だろう。
「(いつの間に準備をしてたんだ……)」
この家にはもう彼女が暮らしていたという証拠は何もない。
最初から何もなかったかのようだ。