新婚蜜愛~一途な外科医とお見合い結婚いたします~

 結婚をしようと決まり、婚約と言えばいいのか、お付き合いを始めたと言えばいいのか、まだあやふやな頃。
 どちらともなく見つめ合い、キスをしかけた時だった。

「キスを、しても?」

 その質問に返事はなかった。
 彼女の恥ずかしがり屋な性格からして、照れているだけなのか、とも思った。

 けれど、どうも様子がおかしい。
 そこからその日はなにを聞いても、彼女は話せなくなってしまった。

 彼女はどうしてそうなるのか、分からないようだった。
 私はもどかしくて、思いつきを口にした。

「せめて大丈夫かどうか、モールス信号みたいな、何か……」

 話せないのなら暗号を送りあったらいい。
 冷静に考えれば馬鹿みたいな、子どものような提案をしようとした。

 すると彼女は隣り合っていた手の甲に、トントントンと指を三回置いた。

 大、丈、夫。と言いたげだった。

「そう。うん。ありがとう」

 私の提案を否定せず受け入れてくれた彼女に、愛おしい気持ちが込み上げた。

 後から調べてみるとモールス信号で『大丈夫』を表すと長いことを知った。
 とてもじゃないが、普段の意思の疎通としては使えそうになかった。

 自分の思い付きで言った提案。
 それに対しての彼女の答え。
 誰にも分からない短い三音の信号。

 けれど、それは私たちには何ものにも代え難いシグナルとなった。

 そして、彼女にも分からない信号を私は送る。

 トントントントントン。
 五回の短い音。

 決して声には出さない気持ち。
 愛してる。

 彼女は顔を上げ、小首を傾げる。

 その姿が愛おしくて、私はまた唇を重ねた。
< 37 / 229 >

この作品をシェア

pagetop