5分以内で読めるショート・ホラー集
「ちょっ、ちょっと待ってください。すぐに映像を消してください」
「消去か。どうやるんでしょう。やり方がわからないんですよね。
顔にモザイクかけときます。いいソフトがあってね、すぐにできるんですよ。
カチャッ、と。ほら、一瞬でできるでしょ」

にこやかな顔をして、彼はパソコンの映像を私に見せてきた。
確かに、顔にはモザイクがかかっていた。
私の顔にではなく、上司の顔に、である。
苦痛に歪む私の顔は晒されたままだ。

「私の顔にモザイクしてください!」
「まあまあ、焦らないで。加害者にもプライバシーは必要でしょう」
「っていうかモザイクかけるくらいなら、さっさと動画消してください!」
「だから、先程言ったでしょう。消し方わからないんですよ」
「モザイクかけられるのに、動画消せないって何なんですか?
もういいです、私にパソコン貸してください」
「あ、それは無理です。僕のパソコンなんで」
「そんなこと言ってる場合ですか? いくら事故とはいっても、こんな事態、許されませんよ」

自分で「事故」という言葉を使ったが、事故で映像が流出したようには思えなかった。
目の前の男は冷静などころか、にやりと口角を上げて、楽しげな様子さえある。

この人は、わざとやっている。
意図的に映像を流したのだ。
どうして?

「許されない?
ただのパソコンの誤作動ですよ。ウイルスのせいかな。僕は何もしていない。
こっちもね、盗撮するような女にとやかく言われる筋合いはないんですよ」
「なんですか、その言い方!
そちらのアドバイスに従って動いたんですよ、私は。
映像が流出するって……。お悩みコールセンターですよね。こんなこと、あっていいんですか。
他の職員に言いつけますよ!」

言いながら、私の目には涙が浮かんでいた。声も震えてしまっている。
彼は白い歯を覗かせながら、そんな私を見つめていた。

「他の職員なんて、いないんですよ。
お悩みコールセンター、ね。
コピー文、読みましたか?

『パワハラ、セクハラ等に関するあなたのお悩み、お伺いします。
誰にも言えずひとりでお悩みの方は、気軽にお電話ください』

そう書いてあったはずです。
こっちはね、伺うって言ってるだけなんです。つまりね、話聞くってだけ。
相談に乗るとか解決に協力するなんて、ひとことも言ってませんよ。

言った通りです。
人が嫌がったり苦しがったりする様子に興奮してしまうやつがね、いるんですよ。
絶望に歪んだ今のあなたの顔なんて、たまらないんでしょうね。

わかるなあ、その気持ち」


< 42 / 45 >

この作品をシェア

pagetop