不死身の俺を殺してくれ
 料理教室の一件から数日経過した、ある日。二人は電車を利用し、さくらの実家が在る隣の市へ訪れていた。

 ちなみに、(くだん)の料理教室も実家近くの公民館等を借りて、定期的に開催しているらしい。

「そんなに怖い母親なのか」

 休日の電車内は平日とは少し異なり、家族連れが多いように感じた。煉はつり革を握り、座席に座っているさくらを見下ろす。

 さくらの気分が朝から降下したままなのは、これから会う自身の母親に対して、何かしらの不安を抱えているからなのか。

「え? 違うけど、どうして?」

「さっきから、ため息ばかりついている」

 さくらは電車に乗ってから、すでに三回は、ため息を溢している。見ているこっちまで、ため息が移りそうな程だった。

「あぁ……それは、会えば分かるよ。きっと」

 ……そして、何故にさくらは俺と目線を合わせないんだ。家族のことは触れてはいけないことだったのか? なら、そもそも、実家へ行こう等とは言わないはずだが……。
 
 さくらが悩んでいる原因が、俺には解らなかった。


 最寄り駅で降車した後、十五分程歩き、さくらの実家へ到着した。二階建ての一軒家で、手入れが行き届いている玄関前には、インパチェンスの植木鉢が置かれ、華やかな雰囲気を演出していた。

「ここが私の実家よ。じゃあ、チャイム押すね」

 さくらが玄関前に立ち、呼び鈴を鳴らそうとした時、煉の脳裏には何故か嫌な予感が不意によぎった。

 この扉を開けてはならないと、身体が警告している。

「ち、ちょっと待て──」

 だが、時はすでに遅し。

 さくらを止める間もなく、呼び鈴を鳴らす前に玄関の引き戸は、独りでに勢いよく開け放たれた。

「まあっ! 本当に帰って来たのねぇ! 嬉しいわぁ! お帰りなさい、さくら」

 開け放した玄関先から勢いよく現れた和服の女性は、さくらを見るなり嬉しそうな声を上げたかと思うと、思いきり抱き着く。

「た、ただいま。お母さん……えっと……このひと──」

 がっちりと母親に抱き着かれ、身動きの取れないさくらは、小さなうめき声と共に隣で大人しく立ち尽くしている煉を指差す。

「…………あらやだ……イケメンが」

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