不死身の俺を殺してくれ
 居間に通された二人は長方形のテーブルを挟んで、さくらの両親と対面していた。煉の真向かいには父親が、さくらの真向かいには母親が着席している。

「さくらったら、彼氏がいるならちゃんと言ってくれても良かったのに。どうして今まで隠してたの?」

 先ほど玄関先でひと騒ぎを起こしたさくらの母親は、落ち着きを取り戻したのか、娘を少し責めるような口調で問う。

「えっと……。別に隠してたわけじゃなくて……」

 母親の詰問に、さくらは焦燥を滲ませながら、しどろもどろに答えていた。

 煉は無表情で緑茶の入った湯飲みを手に取り、静かに口を付ける。今は余計な横槍を入れない方が、さくらの為だと判断したからだ。

 目の前に座っているさくらの父親は、事の成り行きを見守っているのか、一言も言葉を発しない。煉が内心気まずいと思っていると不意に父親と視線が合い、相手は口を開いた。

「……妻と娘が騒がしくて申し訳ない」

「いや……」

 さくらの父親が発したのは、たったの一言だけだった。だが、煉に対する敵対心のようなものは特には感じられず、ほっと胸を撫で下ろした。

 しかし、おかしなことになってしまった。俺はただ、料理教室へ通いたいと言っただけだ。それなのに、これではまるで、俺がさくらと結婚の挨拶をする為に来た、みたいな状況になっている。

「──料理教室?」

「そう。煉が通いたいみたいなんだけど、男の人も入れるのかなって」

 煉が父親と僅かな言葉を交わしている間にも、さくらと母親の話は勝手に進んでいた。

 成る程。そういうことか。失念していた。料理教室といえば、一般的には女性が多く通っている。その中に一人だけ男の俺が混じってしまうことを、さくらは懸念していたに違いない。

 母親は表情を和らげて、煉を見据える。

「大歓迎に決まってるじゃないの。むしろ、モテモテよ。なんなら、今日の午後から参加してみたらどうかしら? きっと、とても楽しいわよ」

 突然に向けられた問いの返事に困り、さくらを一瞥する。その表情を見て察するに、どうやら俺に逃げ場はないらしい。

「……なら、参加します」


< 115 / 130 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop