不死身の俺を殺してくれ
 さくらの実家から直線で十五分程歩いた先に、料理教室の場として利用している公民館があり、常連の生徒達何人かが既に教室の一角に集まっていた。

「あらあら、紅子(べにこ)先生、その素敵な殿方はどうしたの?」

「今日、お試しで参加する生徒さんよ」

 紅子は駆け寄って来た生徒達に煉を紹介する。

 生徒達の年齢層はどちらかと言えば高めで、紅子より少し上の、五十代前後の女性が多くいるように見られた。

 あっという間に料理好きのマダム達に囲まれ、煉は身動きが取れなくなり、珍しく困惑していたところを紅子が助け船を出してくれた。

「皆さん、れんさんが困っているので、お話はそのくらいに。さて、今日は夏野菜のトマトを使った料理を作りましょう。れんさんは私と一緒にね」

「……ああ、了解した」

 生徒達は二人一組の四班に分かれ、それぞれの調理場に着く。煉は紅子と共に料理を作ることとなった。

 手を洗い、食材のトマトを軽く水で洗い流して、ヘタを取り除く作業をしていると、米を炊く為の準備をしている紅子が、不意に口を開く。

「娘が……さくらが全く料理の出来ない子で驚いているでしょう? 母親が料理教室の先生なのにって」

「それは……まあ」

 嘘やお世辞を言ったとしても、紅子には見抜かれる気がして仕方なしに正直に答える。

「私のせいなのよ。娘があんまりにも可愛い過ぎて過保護に育ててしまって……。そしたら、仕事はまあ出来るのに家事能力、女子力がもの凄く低い子になっちゃってね」

 トマトを四つ切りにしていた手を止めて、顔を上げると眉尻を下げて微笑している紅子と視線が合う。

 ああ、そうか。母親がここに、さくらを連れて来なかった理由が、何となくだが解った気がした。

 きっと、母親の紅子は俺と二人きりで話をする為に、時間と場所を作ったのだろう。
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