不死身の俺を殺してくれ
「あの子ね、料理が出来ないことが原因で、以前交際していた方から振られたことがあるの。確か、大学生の時だったかしら……」
煉は作業をする手を止めず、相槌を打つこともせずに、ただ静かに紅子の言葉に耳を傾ける。
さくらの過去について、本人から何かを直接聞いたことは今までになかった。
自身も、つい先日までは過去を隠して、さくらに接し続けていた。過去を隠すということに後ろめたさがなかった訳では無い。
お互いに伝えるタイミングが掴めなかっただけだ。
「でも、貴方は娘のことを見放したりはしなかったのね」
米を研ぎ終えた紅子は、煉の方へ振り向き微笑む。
「人間、誰にでも得手不得手がある。それを相手に求め、責めるのは筋違いだと俺は思う。さくらの駄目な部分は俺が補えばいいだけだ」
料理が破滅的に下手だからと言って、俺がさくらを嫌う理由はどこにもない。料理や掃除が苦手ならば、俺が代わればいいだけの話だ。
そのことに不満は何一つない。寧ろ、野良猫のような俺を拾ったさくらを、今でも心から感謝している。
「ふふっ。はっきりとものを言うのね。でも、嫌いじゃないわ。そう、お互いの足りない部分を補い合える関係になれたら良いわよね。凄く素敵なことだと私も思うわ。……だから、貴方は料理教室へ通おうと思ったの? 料理が出来ないさくらの代わりに」
「いや、料理に関しては、ただの趣味だ」
「あら? そうなの?」
即答した煉を、紅子は少し驚いた眼差しで見つめる。
男が料理をするというのは、やはり、世間一般的にはまだ浸透していないのだろうか。昨今のテレビ番組では、料理男子なる者がここぞとばかりに、モテはやされているというのに。
「……ここ最近、さくらの元気がない。だから、少しでも気分が晴れるようにと、普段とは違う料理を学び、作る為に此処に来た」
「そういうことだったのね。…………あっ! なら、良いことを思いついたわ! あの子が好きなお菓子を二人で作りましょう。貴方がさくらの為に作ってくれたと知ったら、絶対喜んでくれるわ!」