不死身の俺を殺してくれ
 空席を求めて定食のトレイを手に食堂内を歩いていると、さくら達は同じく空席を探していた八重樫と遭遇した。

「食堂の奥なら席が空いてましたよ。丁度、二人分だけですが……」

 そう言い、八重樫が指差した方角は、空調があまり行き届いていない、言わばハズレ(くじ)的な席だった。だが、何処にも座れずに食堂内を立ち往生するよりはマシかもしれない。

「八重樫くんはどうするの?」

 優が、のんびりとした口調で問うと、八重樫は先ほどとは異なる方角を指差す。営業課の男性社員が集まっているテーブルの一角に、一席だけ空きがあるのが見える。

「先輩に相席を頼もうかなと」

「そっか、じゃあ席は有り難く使わせてもらうねー」

「じゃあ、失礼します」

 さくらが声を掛けようか黙考している内に、八重樫は優と言葉を交わした後、すでにその場を離れていた。

 結局は一言も言葉を交わすことが出来ないまま、後ろ髪をひかれながら、さくらは先立って歩き始めた優の姿を追い掛けた。

「八重樫くん、ちょっと雰囲気変わったよね」

 さっぱり定食のメインであるサラダに箸を伸ばしながら、優は声を少し抑えて言う。

「え……。そう、かな」

 突然に問い掛けられ、どきりとした。

 もし、八重樫くんが誰から見ても分かる程に変わってしまったのなら、それは間違いなく私の責任だ。

 でも、その原因を私は優には伝えていない。誰彼構わず言いふらすようなことはしたくなかった。

「うん、吹っ切れた感じがする。最近、営業の成績を伸ばしてるみたいで、周りの先輩達からも頼りにされてるみたいだよ」

「そうなんだ……良かった」

 本当は良かったなんて言える立場ではないことくらい、自分が一番よく分かっている。

 それでも私は、八重樫くんの幸せを密かに心から願っていた。


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