婚前溺愛~一夜の過ちから夫婦はじめます~
貴晴、さん――。
「彼女は、私の妻だ。人の妻に一体なんの用がある?」
〝妻〟そのフレーズに鼓動が大きく跳ねる。
横から見る貴晴さんの目は鋭く尖り、これまで見たことのない冷徹な色を灯していた。
追い詰められた塩顔の彼は、その迫力に何も対抗することもできず逃げるようにその場を走り去っていく。
その姿はあっという間にエレベーターホールへと消えていった。
「里桜」
ふたりきりになって、貴晴さんが私の肩を抱き寄せる。
肩口で深く息をつくのが聞こえ、また心配と迷惑をかけてしまった自分に今更ハッとした。
「ごめんなさい……私がもっとちゃんとしっかりしてたら」
「里桜は悪くないよ。この間のことがあったから、里桜が出るイベントの参加者リストはチェックさせてたんだ。だから元々今日は、そばで見守ろうと思ってたから」
そんな、わざわざ……。
私の知らないところでこうして気にかけてもらっていたことに、胸がぎゅっと掴まれたように痛む。
貴晴さんは私を解放し、「行こう」と肩をさらうようにして歩き出した。