【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
まな板と包丁を洗いながら、明日の土曜、母の家に行こうと決めた。
ひとまず同居を解消したと伝えよう。私はもっと成長しないといけない。そのことに気づいたから、時間を置くことにしたと説明しよう。
母はおそらく、私たちは今、ほかにどうすることもできないのだということを理解してくれる。
連休中に買った小鍋を、一臣さんの家のキッチンとは比べるのもバカバカしくなるほど貧弱なコンロに乗せた。
ここまでしておかないと、朝、料理をするぞというはずみがつかないのだ。
シンクの上の電気を消し、寝ることにした。

翌日の午後、母の好きな缶入りクッキーを買って、彼女の家を目指した。
この時間に行くことは伝えてある。お茶の用意をして待っているはずだ。
角を曲がったところで、家の前に黒い車が停まっているのが見えた。仕事の来客だろうかと思い、邪魔しないよう歩みをゆるめたとき、玄関から人影が出てきた。
仕立てのいいスリーピースに身を包んだ、初老の紳士。
一臣さんのお父さまだ!
車が走り去るのも待ちきれず、私は家に駆けこんで、母をさがした。
「お母さん!」
居間、客間、母の部屋、キッチン。どこにもいない。
「お母さん!」
「はあーい?」
遠くからくぐもった返事が聞こえた。アトリエだ。
かつて事務所として使っていた場所で、離れのような別棟になっている。
私は戸口から出てサンダルを履き、一メートルもない距離を飛び跳ねるように渡ってアトリエに入った。
母はアトリエのさらに奥、今はもう使っていない、事務所時代に倉庫として使っていた小部屋に母はいた。
「お母さん、なにしてるの?」
リバティプリントのワンピースのうしろ姿が、くるっと反転し、母の顔が見えた。埃と汗で、汚れて光っている。
「片づけ。お父さんがいなくなってから、ここ、さわりもしてなかったから」
「……いきなり?」
「ごめんね、花恋ちゃんが来るの、忘れてたわけじゃないんだけど。どうにも興が乗っちゃって」
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