【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
「楽しそうです」
「じゃあ、行こう」
もうすぐ19時。あたりはビジネスマンでいっぱいだ。駅に急ぐ人たちと憩いの場を探してうろうろする人たちとに分かれている。
私たちは人込みの中を、駅と反対方向に向かって歩いた。
なるべく彼と並んで歩こうと努力してみるものの、人波にさらわれてはぐれそうになる。
何度目かで距離があいたとき、人込みの間から手が伸びてきて、私の手をつかんだ。ぐいと引っ張られ、勢い余って、スーツに覆われた肩に鼻をぶつける。
「すみません。服を汚したかも」
「いいよ」
鼻を押さえる私の手を握ったまま、一臣さんは歩いた。やがてただ握っていた手が動き、私の指を開こうとする。
つなぎかたを変えたいのだと気づいたとたん汗が出て、思わず手を引っこめかけた。一臣さんが振り返る。
「あ、外でこういうのは、抵抗がある?」
「いえっ、違います。ちょっと驚いただけで。すみません」
「手が熱いな」
「不慣れなもので……」
私はあいたほうの手で顔をあおいだ。実際暑い。もう夏の陽気だ。
「俺が慣れてるみたいな言いかたをしないでほしい」
「でも、慣れてらっしゃいますよね? これだけさりげなくできるんですから」
称賛の意を込めたつもりだったのだけれど、彼が気分を損ねたのがわかった。横顔がむっと曇る。
「……じゃあ、俺が慣れていると仮定して」
「はあ……」
「その事実について、どう感じる?」
手を引かれて歩きながら、考えた。
経験豊富なのは、尊敬の対象……と、以前ならすぐに答えたと思うんだけれど。なんだろう、今はとても、もやもやしたものが胸に渦巻く。
「……ちょっと、複雑です」
正直に伝えた。
一臣さんは進行方向を見つめたまま、「よかった」とぼそっとつぶやいた。
< 122 / 142 >

この作品をシェア

pagetop