【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
私にはよくわからないやりとりが交わされ、頬の端にちょいとなにかを塗られ、気づいたら好みど真ん中な淡い色味の紙袋を提げて店をあとにしていた。
呆然とする私に、諏訪さんが「わかった?」と笑いかける。
「本当にいやなことは無理にしなくていい。避けても目的は達成できる」
「……会計をした記憶がないんですが」
「結納品とでも思ってくれ。それよりレクチャーしてもらったことは頭に入ってるか? さすがにそこは俺も手助けできない」
「冊子もいただきましたし、おそらくは……」
「じゃあ次は服だな」
気づけば、ずっと手をつないだままだ。
男性と手をつなぐのなんてはじめてだけれど、そのことに動揺する余裕もない。
「服……ですか」
「いやなら試着もしなくていい。選択肢は狭まるかもしれないが」
「でもそれで、たくさん失敗してきました」
「失敗しないように、やるんだ。きみは行きたくない道があるあまり、そこに置かれたハードルは高いと思いこもうとしてるだけだ」
諏訪さんは柱に書いてある館内案内で、婦人服の売場を確認してからエスカレーターに乗った。私も黙ってついていった。
「……パスウェイの件、お聞きしてもいいですか」
「どうぞ。合併当時、きみは《ノーシス》のほうにいたんだったな」
「入社したてで、なにが起こったのかさっぱりでしたが」
ノーシスというのは私がいた、吸収したほうの会社だ。とはいえ新人のころに合併騒動が起きたから、元ノーシスという感覚も薄い。
気づいたら勤めている会社の看板が変わった、という感じだった。
「なぜプラザの開発からはずれたんですか?」
「さあ。俺は一社員としてモメントに吸収されただけだから、今度は営業だと言われたらやる。それだけだった」
インポートブランドのフロアで、エスカレーターを乗り継ぐ。
「申し訳ありません、アシスタントなのに、諏訪さんの経歴をよく知らず」
「俺がそのへんを出さないようにしてたんだ。気にしないでほしい。それよりもう、隠してることはない?」
私の一段下に立っている諏訪さんの顔が、目線の少し下にある。いつもなにかをおもしろがっているような、印象的な瞳。
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