【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
先に腹をくくったのは一臣さんだった。
「父は、きみのお父さんのことをおぼえていたよ」
「そう、ですか……」
「立場上、はっきりと口にはしなかったが、慈悲のない融資の引き揚げだったという認識も、あったみたいだ」
一斤丸で買っている食パンを、バゲットナイフで切っていく。近所で発見したパン屋さんのものだ。これがあると朝食がふんわりいい香りで潤う。
「立場、というのは」
「役員だったと説明したことがあると思うが、引退直前の父は、頭取だ」
「頭取……」
銀行のトップだ。
温まったポタージュを器によそいながら、私はつぶやいた。
「腑に落ちました」
「……なにが?」
「お父さまが、あの場で謝罪の言葉を口にしなかった理由が」
いわれもない糾弾ではないことを、本人もわかっているということは、お父さまの顔を見ればわかった。
彼の狼狽は、私の母ほどではなく、だからなにか言えてもいいはずだった。実際、なにか言おうとしているようにも見えた。
「言いたくても、言えなかったんですね」
引退したとはいえ、一度は頭取まで上り詰めた立場なら、軽率に、銀行の行いを過ちだったと認めることなんてできないのもわかる。
どんなに個人として謝りたくても、彼の言葉は銀行そのものに影響を及ぼす。上に立つ人間が、計り知れない責任とともに生きていることを、一臣さんのそばで私は学んだ。
自由人を気取っている彼ですら、会社を代表する場では口が重くなる。
「お気の毒に。お父さまにとっても、傷でしょう」
オムレツのプレートとスープボウルをトレイにのせる。いつの間にか一臣さんの手が止まっていたことに気づき、彼の顔を見上げた。
彼は微笑んでいた。力ない、切ないような顔で。
「ありがとう」
私はなにを言えばいいかわからず、首を振るだけで答えた。
< 69 / 142 >

この作品をシェア

pagetop