北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 売らないから住んでほしい、買うんなら住まわせてくれって言ってた。
 つまり“いっしょに居たい”。そんな翻訳を、凛乃はすぐにうち消した。打ち消したけど、そうだといいのに、という期待まではぬぐいされない。
 凛乃はスマートフォンから手を放して、フェイスパックをはがしにかかった。安い化粧水を安いシートに含ませただけの簡易パックだけど、しっとりした肌に触れれば、ちょっとだけ気分が上がる。
 首筋やデコルテまで潤いをのばしてから、シートを丸めてゴミ箱に投げ入れた。シャワー前にコットンラグを掃除したときの粘着テープゴミにもうひとつ白が載って、こんもりとした白い山が大きくなる。
「あ」
 不意に閃いて、凛乃は頬を火照らせた。ティッシュの塊のことを聞いたときに累が動揺していた理由が、ようやくわかった。
 男のひとはそうか、そうだよね、デリカシーのないこと聞いちゃった。
 いまさらどうしようもない。フォローすれば余計に気まずいだけだ。凛乃は手をパタパタさせて顔を扇いだ。
< 169 / 233 >

この作品をシェア

pagetop