北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 ふつうに健全なことだし、知らんぷりするくらいのこと、わたしもオトナだし……でも隠そうとしたってことは、やましいことがあるのかな。まさか、まさかね。
 足の指をもじもじと開いて閉じて、
「ひゃっ」
 凛乃は声を出してしまった口を、慌てて押さえた。
 脛のあたりを、なにかが横切った。目で見て、手でさすってみたけど、特になにもない。扇風機の風なら、まあわかる。でもこすりつけてくるような圧力は、ふわふわしていて温かかった。みっしりと毛が生えた、やわらかな生き物みたいな。
「……」
 凛乃は深呼吸した。たぶん気のせい。強制的に思考中断したことで、少し頭が冷えた。
 そうだ、累さんを猫だと思おう。
 肩の力が、ふっと抜けた。
 猫と暮らすと思えばいい。その猫はきっと、知らない人がいるとぷいっと姿を隠して、ちっとも撫でさせない抱っこもさせないけど、こっちが泣いてたりするとこっそり背中に寄り添ってくれるタイプの猫だ。
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