北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 もうあとがなかった。アパートにいられるのは、あと一週間。ここで仕事が決まらなければ、ホームレスまっしぐらだ。
 古びた家の玄関先で、胸が膨らむまで日暮れの空気を吸いこんで、吐きだした。
 ジャケットの裾をピシッとひっぱり、ビジネストートを左手に持ち替えて、せいいっぱいの笑顔を顔に貼りつけてから、ドアホンを押す。
「家政婦紹介所から参りました、維盛凛乃、こ・れ・も・り、り・ん・の、です。本日は面接のお時間をいただき、ありがとうございます!」
 ……反応がない。
 そういえば、回線がつながる音がしたかな? 焦りすぎて、応じる声が聞こえるまえに自己紹介しちゃった。
 一歩引いて建物を見上げると、2階の端の窓が少し開いていた。それだけのことでは、絶対に在宅だとは言い切れない。
 でも、この時間に面接の指定をしてきたのは、高齢女性という話だ。呼び出し音が聞こえなかったのかもしれない。
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