シュガーレスでお願いします!

「な、名乗るほどのものでは……」

どうにか名前を知られないように、ひたすら逃げの一手をとる。

一言物申した挙句にケーキ屋を出禁にされたなんて、阿久津先生は笑い、五十嵐先生は怒り、上野先生は憐れむこと、間違いなしである。

それだけは絶対に避けなければならない。

「初対面でこういうこと言うと、頭がおかしいと思われるかもしれないけど……」

……前置きが長いな。

謝罪する準備は出来ているのだから、手っ取り早く本題を言ってくれ!!

寒さで凍えそうになりながら、彼の次の言葉を待つ。

それは、空から粉雪が舞い、アスファルトに落ちて溶けていく一瞬の出来事だった。

「俺と結婚してください」

「……は?」

映画や漫画にしか存在しなかった一目惚れというやつに、実際に遭遇する確率っていったいどれくらいだろう。

予想もしないプロポーズに頭が真っ白になる。

歳も名前も分らない客の女にプロポーズするなんて常軌を逸している。

その時はまさか、この非常識極まりない男があのパティスリーの主にして、有名なパティシエの有馬慶太だなんて思いもしなかった。

ましてや、その男と本当に結婚することになるなんて。

……夢のまた夢のような話である。

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