君への愛は嘘で紡ぐ
「……飲み物、いかがですか」


バイトの俺は、こう言うことしかできなかった。


「大丈夫です。ありがとう」


俺にすら、愛想笑いを向けた。


それ以降お嬢様に声をかけることはなかった。


だけど、バイトが終わっても、時間が経っても、お嬢様の苦しそうな笑顔が頭から離れなかった。


そんな彼女が今、目の前で楽しそうに笑っている。


「笠木さん!私にも、できましたよ!」


注文を受け、それを店長に伝えただけなのに、子供のように喜んでいる。


「笠木さん?」


もう、誤魔化せない。


俺は、お嬢様に惚れたんだ。
きっと、初めて会ったときから。


「笠木さん、大丈夫ですか?」


俺の顔を覗き込んで上目遣いをするお嬢様を、抱きしめたい。
その可愛い声で、玲生と呼んでほしい。


好きと自覚した途端、今まで顔を出さなかった欲望が湧き出てくる。


ああ、最悪だ。


俺はお嬢様の頭に手を置き、顔を見られないよう少し抑える。


「……大丈夫だから、心配するな」


お嬢様から手を離すと、里帆さんと交代してもらった。


今は、気持ちを隠しきる自信がなかった。


「働かない奴には給料はないぞ」
「わかってるよ、店長」


そうは言ったけど、その日はあまり身が入らなかった。
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