とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
くるりと椅子が回転したと思うと、母がカウンターから出てくる。

相変わらず、上品な振る舞いに迫力ある瞳。

威圧されそうなほど綺麗だと思う。美魔女だって祖父が爆笑していたのが分かる。

母が庭園の方に向かうので、私もついていった。

「経営、順調そうですね」

「突然、なに?」

桜の木の前で母は私の方へ振り返った。

ちょうど診察室からは木で隠れて見えない位置。

なので私は微笑む。

「一矢くんとお母さんに騙されてると知った私の気持ちが分かる?」

意地悪な質問をしてみた。ヒステリックに怒り出すのか少しリスキーだったけど母の顔は柔らかい。

そして不敵に笑って、目を閉じた。

「一矢くんを許してあげたのね」

「は? なんでわかったの!」

私のターン。ってばかりに母を攻めようとしたのに、母は強し。

私のことなんてお見通しとばかりに笑う。

「昔のお洒落に目覚めた貴方みたいに目が輝いてるんだもの」

「うっそお」

「……せっかく私に似て、綺麗に生まれたのに。貴方、全然おしゃれっ気ないし。いつ恋バナに花を咲かせられるのかしらって楽しみにしてたの。そうしたら初めて中学の時に『お母さんの使ってるシャンプー、私も使っていい?』って言ってきたでしょ」

母は目を開けると、木に手を置いて見上げる。陰になって私たちを覆い隠す桜の木を、うっとりと、昔を懐かしむように見上げていた。

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