とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
隣に来られると、空気が薄くなるというか圧迫されている気がするが、これは恐怖じゃない気もする。

「駄目だよ。俺に変な期待もたせたら」

「……どういう意味でしょうか」

視線はメニューからそらせない。

辻さんの顔を見る勇気がまだ出ない。

「だって、男性恐怖症じゃないか試したいからって俺を誘ってくるって。それ、期待させてるじゃん」

「ち、――違います!」

ばっと顔を上げると、辻さんの目が細く鋭くこちらを見ていた。

その目に、全身から血が引くのが分かる。

「じゃあ何? 最初で最後に付き合うなら、俺の方がきっと最高だよ。俺も30過ぎたしそろそろ落ち着きたいなって思ってたんだ」

「辻さん、俺、飲み物注文してきます」

気を使って席を立った牧さんの笑顔が下卑ていて、最初から二人で打ち合わせしていたんだと気づく。

「手、触ってみてもいい?」

「ごめんなさい。私、親が決めた結婚相手がいるんです」
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