Before dawn〜夜明け前〜
一条の手を流水で冷やす。

「少し、赤くなっていますね。
大丈夫ですか?」

「あぁ、大して熱くなかったからな。

客には淹れたてのお茶を出せよ、青山」

「…!」

いぶきはビクッと体を震わせ、一条を見る。

一条はゆがんだ笑みを浮かべている。
漆黒の瞳は吸い込まれそうなほど真っ直ぐにいぶきを見ていた。
そこに疑いはない。確信があっていぶきの名前を呼んだのだ。

「お気づきだったのですね。
…いつから?」

「入試の後、職員室はちょっとしたパニックだった。全教科満点なんて、学校始まって以来だったからな。
しかも、君の願書、保護者の欄が空欄で。住所と電話番号の欄には、『緊急時は教頭まで』となっていてね。これは、訳ありだなって」

「…生徒会長って、そんな個人情報までみれるんですか?」

「光英学院の理事長は、一条の者だ。
それに、俺は理事長補佐も務めているからな。
訳ありの生徒の素性くらい、情報は手に入る」

それで、納得した。
いぶきのせいで、バレた訳ではない。
相手が一条だったから、一条が知りたいと思ったから。

いぶきは、流水に浸しているほんのり赤い一条の手を見ながら、考える。


いぶきの素性が露見したら、高校は辞めさせられる。
外の世界へと向かうチャンスは永遠に失われる。

学ぶ事を辞めたくは無かった。

針の穴ほどでもチャンスがあれば、そこにしがみついてでも、未来を切り開いてやる。
学びが、きっとチャンスを作るキッカケになるはずだ。


「切り札は多いに越したことはありませんね。

でも。

ジョーカーを切るタイミングは、今じゃない」


いぶきは、水を止めて、タオルで一条の手を包みながら、彼を見上げた。


真っ直ぐ見つめるいぶきの淡い色味の瞳には、意志の力にみなぎっている。
人を射るような、強い力。
さすがの一条も一瞬たじろぐほど。

一条に対してこんな目を向ける女の子は、初めてだった。
女の子は皆、一条に気に入られたくて、シナを作り、女をアピールする。うっとおしい存在なのに。

「あぁ、そうだな。
切り札を切るタイミングを計るのは、得意さ。

青山いぶき、その目、気に入ったよ。
この俺に挑んでくるとは、思っていたより根性あるじゃないか」

一条は、タオルで押さえるいぶきの手を反対の手で掴んだ。いぶきはビクッとしてタオルごと押さえていた手を離す。

「お前、今日から俺の言う事を聞けよ。
愛人の子で、使用人。
バラされたく無ければな」

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