蜜愛婚~極上御曹司とのお見合い事情~
 でもその日、覚悟していたのに苦情や叱責は私のところに届かなかった。
 夕方になり、たまりかねて橘部長に尋ねてみた。


「橘部長。今日、綾瀬さまと打ち合わせをしたんですけど、苦情は届いていませんか?」

「いや、今日はなにも? 僕のところには来てないよ」

「そうですか……」


 幾分か拍子抜けして自席に戻る。橘ホテル大阪へのテナント出店で私に一撃を加えたことや私に頭を下げさせたことで綾瀬花音が満足したか、それか蓮司さんが彼女の訴えをこちらに伝えず処理したのだろう。

 たとえ綾瀬花音に反吐が出そうな感情を持っていても私はイベントの成功を心から願っているし、そのために誠意を持って細心の注意を払っている。彼にだけは実態を知ってほしいし、途中で打ち合わせを交代したのはきっとそうだと願っていた。今夜ぐらいは励ましの言葉がもらえるのではないかと。


 ところがその夜、帰宅した蓮司さんはなにも言わなかった。
 ふたりとも妙に上っ面を撫でたような中身のない会話を交わして夕食を終えたあと、蓮司さんはワインと私のカップ酒も取り出し「飲むか?」と訊いてきた。

 ふたりでソファーに腰かけたものの、蓋を開ける気が起きず、しばらくカップ酒を持つ手を膝に乗せていた。


「飲まないのか? 食事も少なめだったし──」

「蓮司さん」


 私はカップ酒に視線を落としたまま彼の言葉を遮った。


「ブーケ・ダンジュのことなんですけど」

「…………」


 蓮司さんは小さく溜息をつき、ワインらしくない飲み方でぐいっとグラスを空けた。


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