レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

「じゃあ、どうやって煙が消えたの?」
「転移のコインの応用さ」

 これはどうやら終わった実験らしい。
 僕はほくそ笑んだ。

「別の空間に移動させたんだ。って言っても、すぐ近く。中庭に放出しただけだけどね。転移のコインのように行き来は出来ない。行ったら行ったきりの一方通行さ。それに、大きな物質は運べないんだ」
「へえ」

 僕が興味津々に返事を返すと、マルは得意げな顔をした。

「転移のコインはさ。重力を操る能力者の協力を得て出来たものなんだよ」
 マルは軽く指を振る。

「重力を一点にかけ続けると、黒いひずみが出来るんだ」
「そうそう」

 王がにこやかに教えてくれると、マルはうんうんと頷いてみせた。

「それがブラックホールと呼ばれるものになるのだ」
 王は穏やかに言った。

「王が名付けられたんですか?」
 尋ねると、王は首を振る。

「いや。ブラックホールは天文学にもう存在しているよ。宇宙にあるんだ」
 王は上に人差し指を向けた。

「へえ。そのブラックホールってのを作ると、どうして移動出来るようになるんです?」
「コインは二枚必要だろ」
 マルが割って入った。

「それが入り口と出口になるわけだけど、天文学では、全てを飲み込む入り口がブラックホール。全てを放出するのがホワイトホールという考えがある。更に、ワームホールといわれるものが存在していて、ワームホールはブラックホールとホワイトホールの間に存在しているものとされてるものなんだ」

「ワームホールは、空間と空間、時空と時空を繋ぐトンネルのようなものだと言われている」

 王が補足して下さった。僕は「へえ」と頷く。無意識のうちに取り出したメモ帳の上を、これまた無意識に走っていたペンが踊る。転移のコインの秘密をついに知ることが出来るなんて。わくわくする!

「重力能力者と磁力能力者に協力してもらって、そのワームホールになるように力をかげんしたわけ」
「へえ」

 きっと、今までの実験みたいに何回も失敗して、試行錯誤しながらようやく出来たんだろうなぁ。

「その能力者たちはどこにいるんだ?」

 是非、取材したい。
 僕は意気込んだけど、二人は顔を見合わせた。王は困惑した表情を浮かべたけど、マルは至って普通だった。次第に紅説王の眉が下がり、悲しげな顔つきになる。

「レテラ達が来る前に、魔竜の討伐隊が組まれてね」
「その中に二人もいて。全滅したよ」
 言い辛そうにした王に代わって、マルがあっけらかんと答えた。
「そっか」

 僕は気まずく俯いた。
 マルは研究以外のことには殆ど頓着しない。人の生き死にくらい、もう少し気にかけたって良いと思うけど。

 僕が呆れた気分でマルを見ると、マルは話を促されたと思ったのか、「まあ」と言って話を戻した。

「それを呪符に記憶させて、コインに呪符の紋様を刻印して、紅説様がコインに移し変えたわけさ」
「移し変えるなんてことも出来るんですね」

 感銘した僕に、王は謙遜なさったように笑った。

「いや。完成するまでが大変なんだ。基礎が出来てしまっていれば、応用は簡単なんだよ」
「そういうもんですかねぇ」

 感心してやまない僕を、「そういうもんだよ」と王は言ってこの話を終わらせようとした。王は、自身を褒められることをあまり好まない。照れるからだと思うけど。僕なんか、褒められると跳んで自慢したくなるくらい嬉しいけどな。実際に自慢はしないけどさ。

「レテラ、アイシャへのプレゼントは買いに行くんだろう」

 王は完全に話を終わらせた。
 僕はがっかりしながら、態度に出さないように注意して、

「はい。そのつもりです」
「円火も買いに行ったらどうだ?」

 王はマルに話を振ったけど、マルは見向きもしないで答えた。

「僕は良いですよ。研究したいんで」

 視線は机の上の札に注がれている。
 僕は呆れて軽く首を振った。
 王は僕に向き直って、

「では、レテラ。楽しんできてくれ。円火の分は、私含めて条国からとして用意しておこう」
「はい」
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