優しい彼と愛なき結婚
歩夢にもたされたフルーツをなんとか胃に流し込むと、吐き気が込み上げて、結局トイレに駆け込むこととなってしまった。
この数日、まともに食べられない。
病院に行って薬をもらっても治らないことは分かっていたので、諦めるしかない。
ふらふらと定時に上がり、駅を目指す。
「随分と、体調が悪そうね」
横からすっと入ってきた影に足を止めると、スーツ姿の女性が立っていた。
「水無瀬さん…」
「改めまして、水無瀬 風香(みなせ ふうか)です。風香という名前は父親がつけたものなので、呼ばないでくれると助かるわ」
「……」
「そう怯えた顔をしないで。きっと私くらいしか相談相手がいないと思って、会いに来たの」
「せっかくですが、今は話す気になれなくて…」
「ひとりで抱え込んでも、前には進まないと思うけれど」
水無瀬さんは名刺を取り出して、私のバッグに入れた。
「本当に体調が悪そうだからもう行くけれど。電話でもメールでもいいから、言いたいことあればなんでも相談して。大悟にも言わないから」
「…ありがとうございます」
「それじゃぁ、気をつけて帰ってよ」
「はい。失礼します」
早くひとりになりたくて、逃げるように歩き出した。
誰の助けも借りられない。
自分が撒いた種なのだから。