優しい彼と愛なき結婚

歩夢にもたされたフルーツをなんとか胃に流し込むと、吐き気が込み上げて、結局トイレに駆け込むこととなってしまった。


この数日、まともに食べられない。

病院に行って薬をもらっても治らないことは分かっていたので、諦めるしかない。

ふらふらと定時に上がり、駅を目指す。



「随分と、体調が悪そうね」


横からすっと入ってきた影に足を止めると、スーツ姿の女性が立っていた。


「水無瀬さん…」


「改めまして、水無瀬 風香(みなせ ふうか)です。風香という名前は父親がつけたものなので、呼ばないでくれると助かるわ」


「……」


「そう怯えた顔をしないで。きっと私くらいしか相談相手がいないと思って、会いに来たの」


「せっかくですが、今は話す気になれなくて…」


「ひとりで抱え込んでも、前には進まないと思うけれど」


水無瀬さんは名刺を取り出して、私のバッグに入れた。


「本当に体調が悪そうだからもう行くけれど。電話でもメールでもいいから、言いたいことあればなんでも相談して。大悟にも言わないから」


「…ありがとうございます」


「それじゃぁ、気をつけて帰ってよ」


「はい。失礼します」


早くひとりになりたくて、逃げるように歩き出した。


誰の助けも借りられない。
自分が撒いた種なのだから。

< 121 / 240 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop