優しい彼と愛なき結婚
信号が切り替わると同時に地面を蹴り、誰よりも早く駆け出す。
行き交う人とぶつかりそうになったが、なんとか避けて大悟さんに手を伸ばす。
「大悟さん、」
しかし大悟さんは私の手を掴んではくれず、行き場をなくし宙を彷徨う。
「大悟さん、」
ギュッと握り締めてから決意を決めて彼の手を自分からとった。振り払われるかと思ったが、微動だにしなかった。
「そんなに唇を噛み締めると、傷になるぞ」
「大悟さん、」
空いている方の手で彼は私の唇に触れ、ゆっくりと撫でた。
「好きです」
遂に言ってしまった。
言えなかった言葉は口からでてしまえば、その辺に転がっている陳腐なもので正確に伝わったかが怪しい。
大悟さんは表情を変えずに私の唇に触れ続け、そして小さく言った。
「そんな泣きそうな顔で言う言葉かよ?」