優しい彼と愛なき結婚
しかし掴まれた手をぐいぐい引かれ、路地裏の壁に押しつけられた。
「乱暴にしてごめん。落ち着いて話しがたい」
「……話すことなんてない」
掴まれた肩が痛い。
穏やかな幼馴染はどこに行ってしまったのだろうか。
「最近の綾人さんはおかしいです」
「僕はなにも変わってないよ。優里は僕のなにを知っている?」
彼が歯を食いしばり、憎々しい視線を私に向けた。
「僕はなにも持たない。金は月島家から生まれたものだし、いくら優秀と言えど天才肌の弟には敵わない。おまえという幼馴染は僕に怯え、気遣い、僕のご機嫌とりばかりする。そうだろ?」
「それは…」
「おまえだけじゃない。誰もがそうだよ。でも、水無瀬だけは違うと思っていた…」
彼の唇に血が滲む。
「なぁ、おまえまで僕の傍からいなくなるのか?」
それは問いというより、彼の叫びだった。