聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~
グレイスにそう言われて、そういえばこの世界では、生野菜を食べる習慣がないのかもしれない、といずみは思い返した。保存の関係もあるのだろうが、野菜は煮て食べることが多い。いずみは仕入れられた食材の中にレタスやトマトがあればすぐサラダにしてしまうが、ジョナスに任せた日は大抵煮込まれてでてくる。
王城に住んでいたときさえ、野菜はスープで取るくらいしかなかった。
「今度お茶会にいらしてね。招待状を出すわ」
グレイスに見送られて、馬車に乗り込む。と、いずみが乗り込んだところで、アーレスだけが腕を掴まれて下ろされた。
なにを話しているのか、いずみには聞こえなかったが、どうにもやり込められているようだ。
アーレスはちらりといずみに視線を移し、そして困ったように頭を掻いた。
(……あれ、私、何かしたかな。もしかして、グレイス様に叱責されているのかもしれない。それが私のせいだったら……)
急に不安が首をもたげ、いずみはドレスの裾をギュッと握る。
(調子に乗りすぎだったらどうしよう。アーレス様に恥をかかせたりなんかしたら)
「待たせたな」
悶々と悩んでいるうちに、アーレスが馬車に乗り込んできた。その表情はどちらかといえば仏頂面だ。
不安を感じてグレイスを見ると、彼女はニコニコと笑顔で手を振っている。
(嫌われてはいない? じゃあ一体、アーレス様は何を言われたんだろう)
しばらく馬車は沈黙の時間が続く。たまりかねたいずみは、勤めて笑顔で話しかけた。
「アーレス様! 今日は本当にありがとうございました。これでお味噌汁と生姜焼きを作りますね。アーレス様に気に入っていただけるといいんですけど」
「あ、ああ。楽しみにしている」
いずみに笑顔を向けたアーレスは、しかし前を向くとまた思案モードになる。
(困ったな……どうしよう。アーレス様を元気にさせることなんて……ご飯くらいしか思いつかない)
仕方がないからやっぱり料理を頑張ろう、そう誓ういずみであった。