アラサーですが異世界で婚活はじめます
 自然の生み出した美しい光景に瞳を輝かせて見入っている様を横目で見て、フェリクスが美鈴に声をかけた。

「ええ……こんな景色を見るのは……わたし、初めてじゃないかと思います」

 空に視線を向けながら、半分うわの空で答えたその言葉は、高層ビルに阻まれて空の見えない東京の都心で育ち、自然の美しさを実感するような心の余裕もなく、がむしゃらに働いていた美鈴の心の声そのものだった。

 森の外周を少し迂回して、美鈴がリオネルと別れた森の入り口付近に向かい、馬車を走らせながらフェリクスは美鈴に尋ねた。

「……ミレイ嬢、貴女の名前を聞いた時、珍しい、美しい響きの名前だと思いました。何か、特別な由来があるのですか? ……もし、失礼でなければ、教えていただけたら……と」

 フェリクスの意外な問いを受け、美鈴は我に返ってフェリクスの横顔を見つめた。

「あの、遠い、異国の名前です。亡くなった父が、よく仕事で旅行をしていたものですから……」

 美鈴の答えは半分は嘘で半分は本当だった。

 ルクリュ子爵と夫人の計らいで、世間的には美鈴の出自は「父母が既に亡いため、ルクリュ家の世話になっている遠縁の娘」ということにしてある。

 しかし、「元の世界」で美鈴の父が、海外出張などで常に家を空けている商社マンであることは事実だった。

「そうですか……異国の……」

 そう呟いたきり、フェリクスは少し考え込む風を見せたものの、それ以上の詮索は失礼に当たると考えたのか何も聞いてはこなかった。

 内心胸を撫でおろしながら、美鈴が前方に顔を向けると、すでに馬車は見覚えのある、ブールルージュの森の入り口付近に到着しようとしていた。
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