real feel
背後から抱きしめられてるのに、自分の身に何が起きているのか分からなかった。
というよりも、理解したくなかったというか……。
身を固くした私の耳元で、木原課長が囁く。

「ドアのところから君を呼んでいるのは、佐伯?彼は確か主任だったかな。課長フェチの蘭さんには物足りないだろう。"密会スポット"と噂されるこの場所で俺と君がこうしてたら……」

えっ、どどどどうしよう。
翔真にこんなところを見られて誤解でもされてしまったら!
急に動悸と嫌悪感が押し寄せてきて、やっとのことで私は声を上げた。

「きゃぁぁぁ!!」

どうか、この声が翔真に届きますように!
そして一刻も早く木原課長から離れなければと、必死に腕を振りほどこうともがいた。

「待てよ蘭さん。俺さ、美里とちゃんと話し合うから。でもそれでも元に戻れなかったら、俺とのこと真剣に考えてみてくれないか?」

「い、嫌っ!絶対に嫌です!!私はもう課長のことなんとも思ってませんから!!もうっ、離して!!」

男の人の腕力って、こんなに凄いんだ。
全然敵わない。

私と木原課長がいる場所は、資料室の一番奥まったところ。
ここからは入り口のドアは見えない。
ザワザワと騒がしい声はきこえているけど。

なんとか課長の腕から逃れようと暴れていると、入り口の方からドアがなぎ倒されたような物凄い音が響いてきた。
私の叫び声を聞き付けて、翔真が強行手段に出たのかもしれない。
こうなったら私も手段を選んではいられない。
こんな風に課長と密着しているのを見られるくらいなら……。

「ぎゃ!!あいたたたたたた」

叫んだのは、木原課長。
私が思いっきり課長の足を踏みつけたから。
さすがに痛みと驚きで腕の力が弛んだのか、私はやっと課長を振り切ることができた。

「まひろっっ!!!!!」

やっぱり、翔真が私を助けに来てくれたんだ。
嬉しい、嬉しいけど……。

ここ会社なのに、周りにたくさん人がいるんだろうに、私のこと『まひろ』なんて名前で呼んでいいの?

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