COFFEE & LOVE―秘書課の恋愛事情―
彼に抱き締められた時、
完全に形を成したその気持ちは私をじわじわと、そして確実に捕らえていく。
『入らないんですか?』
その言葉に、私は吹っ切れたように彼に歩み寄ると促されるまま店内へ足を踏み入れた。
店内に入ると、すぐさまテーブルに座っていた女性客が彼を見た。
その手元をよく見れば、荷物をまとめて帰り支度をしている。
『春くん、私たちそろそろ行くねー』
『ごちそうさまー』
彼は慌ててカルトンを手にテーブルへ歩み寄る。
『いいえ!こちらこそ毎度ありがとうございます!』
“春くん”
彼の名をそう呼んだ声にまた、私の中の黒い影がゆらりと揺れた。
自分のあまりの心の狭さに嫌気が差す。
目の前の彼から目を背けると料理が並ぶガラスケースの中を覗き込んだ。
野菜が沢山入った真鯛のカルパッチョ、生ハムとルッコラの冷製パスタ。
色とりどりの野菜が彩る創作料理の数々。
その中には、豚の生姜焼きやそぼろ大根といった和風な料理も並んでいる。
そういえば、春田くんは元々日本料理のお店で修行していたんだっけ。
きっと美味しいんだろうな。