素直になれない夏の終わり

「ねえ、なっちゃん。俺さ、鞄は向こうにかけてって言ったよね。これで何度目だと思う?」


さあ?と首を傾げながら、夏歩はハンガーラックの方を窺う。その端っこには、ちゃんと鞄がかかっていた。


「中身もまた飛び出してたし。財布だって入ってるのに、あの扱いは酷いと思うよ。俺が悪人だったら間違いなく持って行ってたね」


まさか……と疑うように津田を見たら、何かを感じ取ったらしいキッチンに立つ背中が振り返り「“悪人”だったらって言ったでしょ」とピシャリと返す。

まあ財布が目的ならば、これまでもその機会は幾らでもあっただろうから、未だに盗られていないということは、津田は本人が言うところの悪人ではないということなのだろう。


「仮に持って行かれても、大してお金入ってないけどね」


うっかり落としたり、どこかに置き忘れたりしたら怖いし、と夏歩は心の中でひっそりと付け足す。


「急に必要になった時困らない?ああ、もしかしてなっちゃんは、現金よりカード派?それもそれで持って行かれたら大変だと思うけど」

「ポイントカードくらいしか財布には入れてない。前に美織が、夏歩は危なっかしいから財布にあまり大金を入れるなって。あとキャッシュカードとか、そういう大事なカードとかも」


なるほどね、と津田が苦笑したのが、背中を向けていても夏歩には声の調子でわかった。
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