素直になれない夏の終わり

何も言わず、当たり前のようにシンクに食器を置いてから、ヤカンでお湯を沸かす津田を横目に、夏歩は思い立ったように立ち上がってハンガーラックへ、その端にかかっている鞄のもとへと向かう。

そこから財布を取り出してまたもとの位置に戻ると、今度は手持ち無沙汰にスマートフォンを弄る。

水の流れる音がして、ヤカンがコンロの火に炙られる音もして、津田が動くと微かに床を踏む音が聞こえて、夏歩が身じろげば衣擦れの音がする。

そんな中で夏歩は、なんとなしにスマートフォンを弄った。
しばらくすると二つの音が止んで、代わりにとぽとぽと新しい音が聞こえてくる。

そして床を踏む音が近づいてきて、コトっとテーブルを叩く硬い音。
夏歩が顔を上げると、目の前には湯気の立つマグカップが置いてあった。


「どうぞ」


反射で手を伸ばしかけた夏歩は、「あっ……」と呟いて一旦手を引っ込め、その手を鞄から出して隣に置いていた財布に伸ばす。

不思議そうに自分を見ている津田の前で夏歩は財布を開けて、札入れを見て一瞬動きを止めて、まあいいかと入っていた全てのお札、と言っても三千円分を抜き取ってテーブルに置き、スッと津田の方に押しやった。
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