素直になれない夏の終わり

上手く遮れたと思って油断していた夏歩の耳に、笑みを含んだ津田の声が届く。

ここは宣言通り本当にグーで殴ってやろうと夏歩は拳を握ったけれど、隣のテーブルから「もぉー、やだぁー」と甘えたような鼻にかかったような声が聞こえ、パシパシと向かいに座っている男性の腕を叩く女性の姿が視界の端に映ったことで、急遽津田を殴るのは取りやめた。

流石に公衆の面前で顔面をグーで殴るわけにはいかないから、腕辺りを狙おうと思っていた夏歩だけれど、狙いが腕であることによってカップルがじゃれあっているように見える危険性があることを、隣のテーブルから学んだ。


「いやあ、今となってはいい思い出」

「どこがよ!」


津田にとっては今や笑える思い出なのかもしれないが、夏歩にとっては未だに苦い思い出の一つだ。なにせその時、前髪が燃えかかっている。


「なっちゃんと過ごした高校時代は、全部いい思い出だよ」


いつだったかは気取ってメモリーなどと横文字で言っていたけれど、今回はちゃんと日本語で津田は言った。

それから、持っていたカレーパンを二つに割って、片方を夏歩に差し出す。
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