素直になれない夏の終わり
「あれだけ熱心に看病してもらったんだから、お礼の言葉くらいは言うべきよ」
「わかってる……けど……」
わかってはいるけれど、津田を前にすると言葉が出てこなくなるのはいつまでも変わらない。
一度、するりと何の気負いもなく“ごめん”と言えたのは、きっと奇跡。言った夏歩もビックリしたし、言われた津田もビックリしていた。
「いきなり素直になるのはハードルが高いって言うなら、まずはそういう些細な“ありがとう”から始めてみるのがいいと思うわよ」
「……善処、してみます」
答えてから、夏歩は箸で掴んだままだった玉子焼きを口に運ぶ。
もぐもぐと口を動かしていると、美織が堪えきれなかったようにクスっと笑みを零した。
「一応夏歩も、素直になる気はあるのね」
ん?と首を傾げてしばらくして、美織の言っている意味がわかった夏歩は目を見開く。
慌てて抗議しようと思ったが、生憎と口の中は玉子焼きでいっぱいだ。
いいのよ、照れなくて。と笑う美織に納得のいかない表情を向けながら、夏歩はあまじょっぱい玉子焼きを噛みしめた。
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