素直になれない夏の終わり

しばらく洗い物をする背中を眺めていた夏歩は、ここで“ありがとう”だろうかと思った。

でも口を開いてすぐに、いやここでの“ありがとう”は自分が先ほどまで伝えようとしていた“ありがとう”とは違うと思いなおして口を閉じる。

けれどそれからすぐに、いやでもここでさらりと言っておけば、それに続けるようにしてこれまでのお礼を込めた“ありがとう”も伝えられるのではないかと、思いなおしを更に思いなおして、再度口を開く。

夏歩が「あ」と声を出すのと、洗い物を終えた津田が振り返るのがほとんど同時だった。
まさか振り返るとは思っていなかったので、夏歩はビクッと肩を跳ねさせて言葉に詰まる。

津田はそれに気づかなかったのか、それともあえてスルーしたのか、それについては何も言わずに


「じゃあなっちゃん、俺は帰るから。戸締り忘れないようにね」


最後の台詞に、夏歩はん?と首を傾げる。

そんな夏歩の前、テーブルの上に、津田はポケットから取り出したものを置いた。
カチャンと音を立てたそれを見て、夏歩は目を見開く。


「それじゃあ」


夏歩がテーブルの上の“それ”に気を取られている間に、津田はひらりと手を振って歩き出す。
テーブルの前で止めていた足を動かして、部屋を出るためにドアの方へ。
< 340 / 365 >

この作品をシェア

pagetop