素直になれない夏の終わり
「出るとき鍵、忘れないでよ!」
「分かってるよ。その辺はなっちゃんと違って抜かりないから安心して」
ヘラっと笑って手を振る津田が心底憎たらしいが、時間も時間なので言い返すのは諦めて夏歩は玄関に向かう。
靴を履いていると、「あっ、なっちゃん!」と追いかけてくる声が聞こえて振り返る。
「忘れ物だよ」
はい、と笑顔で渡されたのはランチバッグ。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
受け取って、しばらくその場で動きを止めた夏歩は、くるっと津田に背を向けて、玄関のドアを開けながら
「……行ってきます」
ポツリと呟いた声は、津田に届いただろうか。閉まった玄関のドアを振り返って見てから、夏歩は思い出したように早足に歩き出す。
吹き付ける風には、秋の気配が漂い始めていた。
高校二年生に上がってすぐの頃、放課後の教室。そこから始まった二人の攻防戦は、二人の物語は、変わったり変わらなかったりしながら、何度目かの夏が終わった今もまだ、続いている――。


