明治禁断身ごもり婚~駆け落ち懐妊秘夜~
横須賀で病院から家に帰る途中、いつも寄り道をしていたことを思い出して声をかけると、元気な返事。
「そう。それじゃあまたいらっしゃい。バッタも蝶々もたくさんいるわよ」
母の笑顔が真田家にいたときよりずっと柔らかい。
苦労はしたけれど、たくさんの女中に囲まれて緊張した生活を送るより、ここでこうして穏やかな生活を送るのが性に合っているのかもしれない。
華族として生きているときは、子爵という地位を守ることこそが誇りであり幸せだと勘違いしていた。
しかしそれを失っても別の道はあるし、むしろそちらの幸福のほうが望んでいたもののような気がする。
緊張しつつ訪れた武蔵野だったが、帰りの電車の中では心が温かくなっていた。
苦しんだであろう母が父の帰りを待つときっぱり言うのを聞いたり、信吾さんの思いやりのある手紙の存在を知ったり……。
直正を授かってから決して順風満帆ではなかったからか、余計に胸にこみ上げてくるものがある。