海の底
「ようちゃん」

彼女が訪ねてきたのは、帰省して三日目の晩だった。

「話したいことがあるんだろう」

彼女は悲しそうに微笑んで、「散歩しよう」と言った。


外は街灯もほとんどなく、月明かりが頼りだった。僕の一歩前を彼女が歩く。

「私、行きたいところがあるの」

僕は返事をしなかったが、彼女はそれを肯定ととってくれたようだった。
だんだんと波の音が近づいてくる。
もう腐りかけた綱をまたいで彼女は、こちらを振り返る。
暗過ぎて表情を読み取ることは出来ない。

「ここだよ」

予想通りだった。
月がさっきより少し近くなって、波の音が足元から聞こえる。

「ここから落ちて、佳枝は死んだの」

彼女は淡々とした声で話し始める。
あの日悪天候で視界が悪かったこと、誰も家にいなかったこと、
……その前日に二人で喧嘩していたこと。

「あの日、佳枝が何故ここに来たか知ってる?」

彼女は僕に問いかける。僕はかぶりを振る。彼女の顔が泣きそうに歪む。

「白い花を取りに来たの」

首をかしげる僕の手を引っ張って、彼女は限りなく崖の淵に近付く。
恐々と見下ろすと、崖に白い花があった。

手が届きそうな、しかし、届いた瞬間落ちてしまいそうな場所に。

僕は彼女の手を引いて、安全な場所まで移動した。

「何故」
「私が欲しいと言ったから。それをくれたら、あなたを諦めると言ったから」

僕は、喉の奥が熱くなるのを感じた。
事実を知った衝撃というよりは、答え合わせをしている感覚だった。

「あの子、ようちゃんのこと好きって言ってた」
「もういいよ」
「よくない。本当は私の方が先に好きだったの」
「もういいって」
「やだ」

「佳枝!」

僕は彼女の右腕をつかんだ。
< 4 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop