海の底
彼女は、ああやっぱり、と呟いた。

その表情がちょうど自分の陰になって読み取れない。

「ようちゃんは、気が付いていたんだね」

気が付いていた。
気がつかない訳がなかった。
幼い頃からずっと三人でいたのだから、彼女が佳枝であることくらいすぐに気がついていた。

だから、彼女が紗枝と名乗り始めた時も、紗枝が佳枝として死んだことになった時も、本当はなぜ嘘をついているのか問わないといけなかった。でも、何も言えなかった。
まさか自分のせいだなんて…いや、僕はそれも気がついていたのだ。

だから、逃げ出したのだ。苦しむ彼女を助けようともせずに。

「私たちは二人とも、ようちゃんが好きだった。私の方がきっと先にようちゃんを好きになった。でも、三人でいるのが好きだったから、言えなかった。ううん、本当はこの関係を壊すのが嫌で言えなかった。だから、二人が付き合い始めてすごいびっくりしたの。それからもずっと三人でいたけど、二人は私のことなんてどうでもいいんじゃないかっていう不安が拭えなかった。」

佳枝の声が震える。

「紗枝がある日そんな私に気がついて、全部打ち明けたの。そしたら、だったら私はようちゃんと別れるよって。でも、それも同情みたいで嫌だった。
私、わがままでしょ?あんなに見た目も好みも似ていたのにね。……紗枝に条件を出したの。崖に咲いている白い花をどちらが先に取れるか。私が取ったら別れて三人で仲良く、紗枝がとったらこのまま付き合っていいって。そんなことしても仕方ないと知りながら、ね。」

「それで、紗枝は崖に行ったのか」

「本当は、私が先にあの花を取って、お幸せにって言うつもりだったの。本当に。あんなにようちゃんのこと好きと知っていたら、あんなこと言わなかった…」

僕は彼女にきちんと告げねばならないことがある。

「僕は、紗枝と別れていたんだよ」

佳枝の息を飲む音が聞こえる。
僕は佳枝の腕をつかむ左手に力をこめる。

「僕はその前に振られていた。三人で仲良くやっていきたいからって言われた。明日から、ただの幼馴染に戻ろうと言われた。彼女も、同じことを考えていたと思う。」

佳枝が強い力で僕の手を振り払った。
僕はその勢いで、体勢を崩した。
次に見つけた佳枝の姿は崖の淵にいた。

「ようちゃん、大好きだよ。でも、結局それ以上に紗枝が大事だったって失ってから気がついたの。私はどちらも大切に出来なかった。私が死ねばよかったのにと思った。だから、紗枝として生きようと思った。でも、ようちゃんといることはできなかった。結局、不幸になることしか出来なかった。もう、終わりにしたい。」

佳枝が、僕に背を向ける。
僕は走り出す。間に合わない。
僕は、彼女のブラウスの裾を掴んだまま一緒に落ちていった。
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